第四十七話 快適だった空の旅
本当に申し訳ないと思っているのだが、こればっかりは我慢出来なかった。
ハーピーに抱きかかえられて空を飛んでいる時に少しずつ気持ち悪くなってしまい、地上に向けて滑空している時に限界を迎え、地上に降り立った時のわずかな衝撃で口の中一杯になってしまった。
何とかハーピーさんに迷惑をかけないように少しだけ離れた場所で吐くことが出来たという事だけが救いだったのかもしれない。
「なるべく揺らさないように気を付けて飛んでいたんだけど、ごめんね」
申し訳なさそうに謝ってくれているハーピーさんに向かって俺は大丈夫だとハンドサインを送った後に会釈をして、もう一度吐いてしまった。
心配そうに見守ってくれているハーピーさんには本当の理由は言えないので心苦しいのだが、俺は空を飛んでいたことで酔ったわけではない。何だったら、空を飛ぶことって気持ちいいんだなって感じていたくらいなのだが、俺が吐いてしまったのには別の理由があった。
それは絶対にハーピーさんに伝えることは出来ないし、他の人にも喋ったりなんて出来ない。良かれと思って俺を運んでくれただけでもうれしいのに、更に快適になるようにと風と虫よけのシールドを展開してくれた時に事件が起こった。
今までは向かい風によって後ろへと押し流されていたハーピーさんの体臭がシールドの中にこもってしまった。濃縮された獣臭と血の臭いに混ざってかすかに感じる柑橘系の匂いがあったのだけれど、中途半端に爽やかな香りのせいで獣臭と血の臭いをより強烈に感じさせる結果となっていた。
結果的に、俺は我慢出来なくなって吐いてしまったのだ。
最初のうちはオッパイって柔らかいんだな。なんて頭の悪いことを考えていて、空を飛ぶのって気持ちいいなとも思っていた。まさか、こんな結末になってしまうとは全く予想もしていなかったのに、優しいハーピーさんは俺に近寄ってきて優しく背中をさすってくれていた。
このままだと獣臭と血の臭いでいつまで吐いても吐ききれないんじゃないかと思っていたのだけれど、不思議なことにハーピーさんから感じるのは若干の汗の匂いと柑橘系の爽やかな匂いだけだった。
さっき感じたのはいったい何だったんだろうと思いながらも、俺は全て吐ききったことで身も心もスッキリしていた。
もしかしたら、俺自身が獣臭くてどこかに血の臭いがこびりついていたのかもしれない。そうだったとしたら、勝手に決めつけてしまって申し訳ないという気持ちでいっぱいになってしまった。
「本当に大丈夫?」
「もう大丈夫です。迷惑かけてすいません」
「全然、こっちの方こそ気持ち悪い思いをさせちゃってごめんね」
「そんなことないですよ。途中で気持ち悪くなるまでは凄く快適でした。空を飛ぶのって気持ちいいんだなって思ってたくらいですから。でも、船酔いと一緒で最初は大丈夫だと思っても急に来るもんなんですね」
「人によって耐えられるキャパシティにも差があるんだろうね。でも、スッキリしたみたいで良かったよ。じゃあ、また何かあったらいつでも頼ってね」
「はい、送ってもらってありがとうございました」
空を飛んでいる時は気持ちいいと思っていたのは本当だし、ハーピーさんに抱きしめられているのも幸せな時間だった。
シールドを展開してもらうまでは本当に快適だったのだけれど、シールドの中にこもった空気が物凄い臭いになっていたことで一気に限界に近付いてしまったのだ。気付かないうちに俺の服も臭くなっていたのかもしれないし、返り血だってたくさん浴びてしまっていたのかもしれない。まさ先輩の血がそこまで臭かったのか、そもそも血というものが臭いのかはわからないし、これから先に機会があったとしても確かめてみようとも思わない。
なので、俺が次にハーピーさんに頼むときはシャワーを浴びてから新しい服に着替えてからにしようと心の中で決めた。それだけは絶対に守ろうと決めたのだ。
「せっかくここまで来たんだし、私はあの煙突を見学してから帰ることにするよ。それが目的で君をここまで運んできたんだしね。建前上だったとしても、それを実行しないと悪いからね」
「ゆっくりしてってくださいね」
ハーピーさんが手を振ってくれたので俺もそれに返すように手を振った。
近くに何もいないことを確認したハーピーさんは俺に背を向けると少しだけ膝を落としてから一気に膝を戻し、伸びあがった勢いのまま両手をいっぱいにのばしてから背中の羽を大きく広げた。
あ、この臭い、さっき嗅いだ強烈なヤツだ。
羽が出てきてから少し間があって臭いが漂ってきた。
ハーピーさんの風下にいたからというのもあるかもしれないが、強烈な獣臭と血の臭いが俺の周りに漂っているのが感じられた。本来ならそんなものは見えないと思うのに、あまりにも濃縮された臭いというのは空気に層を作って襲ってくるのかもしれない。
俺はその層を分断するために手を振って気流を発生させようとしたのだが、運の悪いことにその層は俺の手に吸い寄せられるかのように集まってしまった。
吐きそうな状態を堪えつつ、俺は笑顔でハーピーさんを見送ることに成功した。
(ずっとしまっているあの羽、きっと洗ったことないんだろうな。)
絶対に聞けない思いを胸に秘めたまま、俺はうまなちゃんとイザーちゃんの隠れ家の戸を叩いた。




