第四十三話 魔王対お兄ちゃん
うまなちゃんとイザーちゃんが奔走してくれたのにもかかわらず、お兄ちゃん救出作戦に力を貸してくれる人は誰もいなかった。
皆愛華ちゃんと同じようなスタンスで、助けに行く必要なんて無いでしょ。とでも言いたげな感じで真剣に取り合ってくれる人はいなかった。誰も力を貸してくれないというのであれば、私たち三人だけでも魔王軍に戦いを挑むしかないと考えていた時、お兄ちゃんが帰ってきた。
「ただいま。いろんな人が途中まで送ってくれてここまでこれたんだけど、集合場所くらい先に教えてもらいたかったな。えっと、そんな幽霊を見た時みたいなリアクションをして。どうしたのかな?」
死んだ人が転送されてくる部屋ではなく、お兄ちゃんは普通に玄関から入ってきた。私もうまなちゃんもイザーちゃんもお兄ちゃんが生きていることは知っていたけれど、普通に帰ってきたことに驚いて声も出なかった。
「おかえりなさい。みんな、まー君が捕まっちゃって拷問されているんじゃないかって心配してたんですよ。今だってどうやって助けに行くか相談してたところなんだけど、私たちはまー君は無事だって教えてあげてたのに信じてもらえなかったんです。ゆまちゃんたちが戻ってから何があったか教えてもらってもいいですか?」
「良いけど、あんまり詳細は覚えてないんだよね。それでもいいかな?」
「もちろんです」
ゆまたち三人が急にいなくなったことに多少は戸惑いがあったのだが、俺はいたって冷静だった。
以前までの俺だったらこの状況を打破することなどできなかったとは思うけれど、今はなぜか無事に切り抜けることが出来るという自信があった。目の前にいる凶悪そうな魔物たちを見ても焦りは感じないし、ミスをかなり重ねたとしても負ける要素はどこにも見当たらなかった。
理由なんて特にないのだけれど、俺はこいつら程度には負けないという自信しかなかった。
何より、凶悪そうな魔物たちを取りまとめているのがまさ先輩であるという事も俺が自信を持ってしまう理由の一つなのだ。まさ先輩と殴り合いの喧嘩なんてしたことがないけれど、この世界でなら一方的な展開に持っていけるんじゃないかと考えてしまうのだ。
「三人がいなくなっちゃったけど、まー君は一緒に行かなくてよかったのかな?」
「一緒に行ければよかったんだけど、あの三人がどこに行ったのかも知らないからね。そう言うまさ先輩はゆまたちを追いかけなくてもいいのかい?」
「大丈夫。行き先は何となくわかるから、まー君を始末したあとでゆっくりと追いかけることにするさ」
「それが出来ればいいね。ってか、なんでまさ先輩はそんな凶悪そうな魔物を従えてるの?」
「なんでなのかはわからないけど、俺がこいつらよりも強いからってのが理由なんじゃないかな。それ以外に理由なんて必要ないでしょ」
「……。それなら、そいつらは今から俺に従う事になるってことか?」
一瞬の沈黙の後、俺の言葉を理解したまさ先輩が涙を浮かべるほど大笑いしていた。それにつられるように魔物たちも独特な笑い方で俺を見下していた。
普通に考えれば俺が勝てる要素なんて一つもないと思う。俺がまさ先輩の立場だったとしてもそう思うだろうし、魔物の立場だったとしてもそれは変わらないだろう。何も持たない子供相手に負けるかもしれないなんて考えることはないと思う。
でも、何も持たない俺でもこいつらに負けないという確固たる自信はあった。その自信の正体が何なのか自分でもわかっていないけれど、俺は絶対に巻けやしないという強い自信があったのだ。
「俺よりもまー君の方が強かったらこいつらは従うと思うんだけど、武器も魔法も何もないお前がどうやって俺に勝てるって言うのかな?」
「武器や魔法に頼らなくったって、まさ先輩くらいだったら勝てるさ」
「言うねぇ。良いよ、そういう強気なのはとても良いよ。以前はもっと謙虚だったと思うんだけど、何かあったのか?」
「年頃の男の子だからね。色々あったさ」
「なるほどね。思春期ゆえの成長ってやつか。ただ、そういうのは相手と状況をちゃんと考えてからにした方が良いと思うよ」
まさ先輩が行動を起こした瞬間は何も見えなかったのだけれど、俺のそばに近付いた瞬間に急に動きがスローモーションになっていた。まさ先輩だけではなく周りも全てスローモーションになっているのだが、そんな事に驚いている暇はない。まさ先輩の腕が今にも俺の喉を掴もうとまっすぐに伸びてきているのだ。
これは絶対に避けた方が良い。そう思って体を動かそうと思ったのだが、体全体を押さえつけられているように重さを感じて自由に動くことが出来ない。このままだと喉を掴まれて苦しい思いをしてしまいそうだ。と、思った俺はゆっくりと倒れるように体を後ろに反らしてまさ先輩の腕を避けようとした。
倒れるように体を動かしただけで本当に倒れるつもりなんて無かったのだけれど、俺の体は無様にそのまま倒れこんでしまって左肘を天に向かって勢いよく突き出してしまった。
天に向かって勢いよく突き上げた左肘がまさ先輩の手首に当たって骨が折れる音が腕を伝って聞こえてきた。骨折なんて初めての経験だったので痛みって意外とないモノだと思ったのだが、それは俺の勘違いで俺の肘が折れたわけではなかった。
折れたのはまさ先輩の腕の骨だったようだ。
それと、お恥ずかしい話ではあるが、倒れてしまった際にまさ先輩に肘がぶつかった衝撃でさらに体制を崩して思いっきり後ろに飛ばされてしまった。
ただ、俺はなんとかその場で堪えようと頑張った結果、足を思いっきり振り上げることで後ろに吹っ飛ばされる勢いを相殺しようとしたのだ。
俺の足がまさ先輩の体を真っ二つに切り裂いてしまったのは、本当に偶然だった。




