第三十六話 話は聞いていない
初心者向けのコースで魔物狩りの流れを掴むだけで簡単だと聞いていたのだけれど、どこからどう見ても危険にしか思えない魔物の群れが私たち四人を取り囲んでいた。見た目がいかついだけで強さは初心者向けというギャップがあるのかと期待していた時もあったんだけど、手にしている武器や体からあふれ出ている魔力を見ても最終局面で出会ってもおかしくないような魔物たちにしか見えなかった。
「ねえ、本当にここって初心者向けであってるの?」
「初心者向けであることは間違いないんだけど、出てくる魔物の質が明らかにおかしいんだよ」
「例えるのなら、裏ボスを倒したご褒美として歴代のボスと好きなだけ戦えるボスラッシュが始まった。って感じかもしれない。でも、私も見たことが無いような魔物もいるし、油断しない方がいいかも」
「そうは言ってもさ、私はあんなのに近付くの嫌なんだけど。ボクシンググローブなんて選んじゃったのを後悔してるよ」
「私もだよ。鞭が届く距離だったとしても怖いって思ってるし」
「二人の無知を繋げても意味無いし、どうしたらいいんだろう」
「いっそのこと、逃げ出してみる?」
逃げると言っても、周りを全て囲まれているこの状況でどこに逃げればいいのだろう。右も左も前も後ろも上も下も逃げ場なんてどこにもない。
そもそも、私たちを取り囲んでいる魔物たちが逃がしてくれるとは思えない。全員の殺気が私たちに向けられているというのが素人の私にもわかるくらいだし、どこが初心者向けなんだとうまなちゃんとイザーちゃんに文句を言い続けたい気分だった。
だけど、今更そんな事を言っても何も変わることなんて無いだろう。
「ちょっと待ちたまへ。その人たちは俺の知り合いだから手を出しちゃダメだよ」
魔物たちの奥から聞こえてきた声はとても聞き覚えのあるものだった。
私とお兄ちゃんはお互いの顔を見合わせてその声の主が何かしてくれるのじゃないかと祈る事しかできなかった。
そんな私たちの表情を見て何かを感じたのか、うまなちゃんとイザーちゃんもほんの少しだけ緊張が解けたような落ち着いた表情を一瞬だけ見せてくれた。
だが、私たち四人は完全に油断することは無かった。
強烈な殺気を向けられている以上、油断することなどできるはずが無かったのだ。
「まー君とゆまちゃん、久しぶりだね。それに、綺麗なお姉さんが二人。こんなとこに迷い込んでどうしたのかな?」
「どうしたのかなって、俺たちは初心者向けの魔物狩りコースに来たところなんだけど、ここってどう見ても初心者向けじゃないよね?」
「よくわからないんだけど、何でまさ先輩が魔物と一緒にいるの?」
「私は何度も確認したんだけど、今まで何度も選んできた初心者向けコースで間違いないはずなんだけど?」
「なんでボスラッシュみたいなことが始まっちゃってるわけ?」
「ちょっとちょっと、いったん落ち着いて。みんな同時に話しかけても俺は聞き取れないよ。そんなわけで、まず初めにまー君の質問に答えるとすると、まー君が言う通りでここは初心者向けじゃないよ。全てのコースを完全攻略した人だけが選べる超裏面なのさ。そっちの綺麗なお姉さん二人の質問にも答えるけど、まー君の質問の答えを聞いてわかってるよね。ココはお察しの通り初心者向けコースなんかじゃなくて超裏面の超上級者、いや、超越者向けコースってところかな。一つ訂正させてもらうけど、ボスラッシュではなく同時バトルだから油断しないでね」
なんで他の三人の質問は聞き取れているのに自分の質問には答えてくれないのだろうと思ったけれど、まさ先輩が私を見ながらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていたので嫌な予感がした。
こういう時の嫌な予感というのは外れることが少ないのだが、私はお兄ちゃんを世界最高の魔法使いにしたことを後悔するしかなかった。こんなことなら、圧倒的な強さで二位以下を引き離す最強の魔法使いにしておけばよかったと後悔した。
「最後にゆまちゃんの質問に答えようと思うんだけど、その前に俺からも一つ質問をしてもいいかな?」
「私に?」
「そう、ゆまちゃんに。前から聞いておきたいことがあったんだけど、答えてもらえるよね?」
「え、普通に嫌だけど。こんな状況でまさ先輩の質問にのんきに答えることなんて出来ないでしょ。ちょっとは頭を使って考えてもらえないかな」
「いや、そんな風に言わないでよ。俺だってゆまちゃんに質問をする機会をずっと待ってたんだからさ。今までだって何度もゆまちゃんに聞こうとしたことはあったんだけどさ、そのたびにはぐらかされて答えてもらえなかったんだよ。だからさ、こんな状況にして申し訳ないとは思うんだけど、俺の質問にも答えておくれよ。ね、この通りだからさ」
まさ先輩が頭を下げているのを見て周りの魔物たちも同じように頭を下げていた。
どうしてそんな事をするのだろうと考えていると同時にお兄ちゃんがポケットから無数のビー玉を取り出して魔物の群れに向かって投げつけていた。
ほぼ隙間なく並んでいる魔物たちだったのでお兄ちゃんが投げつけたビー玉はちゃんと命中していたようなのだけれど、勢いもそれほどなかったビー玉が当たったところで魔物たちに何一つダメージらしいものを与えることが出来なかったようでだ。結局、兄ちゃんの行動は何の意味もない物となってしまった。
まさ先輩はそんな事があったなんて気付いていなかったようだが、ビー玉が頭に当たった魔物がまさ先輩に報告していた。報告してきた魔物をなだめるのと同時にまさ先輩はお兄ちゃんに対して説教を始めたのだけれど、魔物たちはさっきと違ってまさ先輩の動きに同調はしていなかった。
ただ、ちょっとだけ悲しそうな表情をしている魔物がいるようには見えていた。




