第三十四話 お腹が空いてきた
ホテルの最上階から外を眺めてみる。右を見ても左を見ても何も変わっていないはずなのに、世界を包み込んでいる空気が変わっているような気がする。上手く言葉に表すことが出来ないのだけれど、今まで存在していなかった生物が潜んでいるような予感がしているのだ。
「もしかしてなんだけど、ゆまちゃんって本当に世界を変えることが出来るの?」
「出来るよ。正確に言うと、お兄ちゃんを変えることでそれに合わせた世界に変化しているだけなんだけどね。でも、なんでうまなちゃんはソレを感じ取ることが出来ているのかな。普通だったら世界が変化したことに気付かずに暮らしているはずなのに」
「それはたぶん、私たちもいろんな世界に行っていて何度も世界の変化を体験しているからじゃないかな。それか、私たちも密かにゆまちゃんに選ばれたってことなのかもしれないね」
お兄ちゃんがトイレから戻ってくるまでの短い間に必要最低限の情報交換をしておこうと思ったけれど、どのタイミングでお兄ちゃんが戻ってくるのか全く読めなかったこともあり重要なことは何も伝えることが出来なかった。
ただ、うまなちゃんもイザーちゃんも観測することが出来る特別な存在だという事を知ることが出来たというのはとても重要なことだと思う。うまなちゃんとイザーちゃんの事をうまく利用することが出来れば、これから色々と助けてもらえることがあるだろう。
「ちょっと前から思ってたんだけどさ、そろそろお腹空いてきたんでご飯食べたいんだよね。ゆまはお腹空いてない?」
「言われてみたらお腹空いてきたかも。お兄ちゃんは何か食べたいものとかあるの?」
「うーん、特にこれじゃなきゃ嫌だってものはないかな。ゆまが食べたいものあるんだったらそれでいいし」
「じゃあ、タコスが食べたいかも。お兄ちゃんが寝ている間に見てた番組でおいしそうなタコスが出てたんだよね。この街でタコス食べれる店ってあるのかな?」
「ちょっと俺は聞いたことないかも。タコスって、メキシコ料理だよね?」
「タコスだったらこのホテルの二階のカフェで食べることできるよ。今だったらまだルームサービス出来ると思うけど、どうする?」
「ここで食べるのもいいけど、お店で色々見てみたいって思うからカフェに行ってみようよ。お兄ちゃんもそれでいいかな?」
「俺もそれでいいと思うけど、よくよく考えてみたら俺はお金持ってきてなかった」
「あ、私ももう小銭くらいしか残ってないかも」
私がさっきまで持っていたお金は全てお兄ちゃんを変えた時に消費してしまったのだ。消費する金額とお兄ちゃんの変化が比例していないのでそんなにお金がない時には助かるのだけど、今回みたいに最低ラインのお金を所持していなかった時は極僅かな小銭をお情け程度の感覚で残してもらえるのだ。大金があればそれなりに残るものも多いのだけれど、お金があまりない時にはあまり多く持っていかれることもないのでコスパは良いのかもしれない。
ただ、すぐに収入があるという状況でなければ今みたいに後悔してしまう事もある。
お兄ちゃんを変えることが出来たとしても、お金が残らなければ何も出来ないという悲しい現実も待っているのだ。
「それだったら、私たちが今日のお昼代を立て替えてあげるよ。ゆまちゃんとまー君にはこれからお世話になると思うんで奢ってあげてもいいとは思うんだけど、これからも対等な関係でいたいから貸し借りじゃなく自分の分は自分で清算するって形にしようね。ご飯を食べたらその辺の魔物でも狩って賞金貰っちゃえばいいだけの話だもんね」
「それだったら先に魔物狩りをして賞金を貰ってからの方が良いかなって思ったんだけど、魔物を狩っている間にお店が閉まっちゃう可能性もあるってことだもんな。そうなったら意味がないってことになるのか」
「タコスにこだわらなければそれでもいいんだけどね。カフェの営業時間的にも魔物狩りは厳しいかもしれないよ。換金するのにどうしても時間がかかっちゃうからね」
私は魔物がいるという前提で話が進んでいるこの状況をイマイチ飲み込むことが出来なかった。お兄ちゃんが魔法を使えるという状況なのだから魔物くらいいてもおかしくはないと思っていたけれど、日常的にその魔物を狩って賞金を得るのが当たり前な世界をみんなが受け入れているのは信じられなかった。
どんな魔物が相手になるのかわからないが、きっとお兄ちゃんにかかれば苦労することも無いような気がする。
だって、お兄ちゃんは世界最強の魔法使いになったんだからね。
カフェには私たち以外にも数組のカップルがいたのだが、全員食事は済んだのかドリンクを飲みながら会話を楽しんでいるようだ。
聞き耳を立てていたわけではないのだけれど、どのカップルもこれからどこでどれだけ魔物を狩って今夜のディナーを豪華にしようかという話をしている。
虫も殺せないような見た目の大人しそうな女の子でさえ魔物を狩ろうとしている。逆に、好戦的に見える男の方が状況を冷静に判断しようとしているみたいだ。
どの世界も、見た目では判断できない人が多すぎる。
そんな事を考えながら待っていると、念願のタコスがやってきた。
今日は初めての経験がいろいろ出来そうだと思いながら、私は両手でタコスをもってまじまじと見つめていたのだった。




