第三十話 お兄ちゃんの目覚め
堕天使の羽を一枚ずつプレゼントすると二人はとても喜んでくれた。この程度のプレゼントで喜んでもらえるんだったらいくらでも差し上げるのにと思ったけれど、この世界には堕天使とコンタクトをとれる人なんていないんだという事を思い出した。
私にとって何でもないような物だったとしても、他の人にしてみればとても珍しいかけがえのない物として喜ばれることもあるみたいだ。
新しい学びを得た私は少し賢くなったような気がしていた。
うまなちゃんもイザーちゃんも気が付いているみたいだけど、その事をまったく態度にも口にも出さないというのは本当に賢いことだと思う。ちょっとした好奇心によって身を亡ぼすことなんてよくある話だし、自分の欲望をうまくコントロールすることが出来るのが長生きする秘訣なんじゃないかなって考えているんだよね。
だから、私はうまなちゃんとイザーちゃんとも仲の良いお友達になれるんじゃないかなって思えるのかもしれないな。
「お兄さんってこのままで平気かな?」
「大丈夫だと思うよ。綺麗に入ったんで痛みとかないと思うんだけど、変な勘違いをしていておかしなことを言うかもしれないんで、その時はよろしくね」
「うん、それは大丈夫だと思う。私もイザーちゃんもちゃんと理解してるから」
「そうだね。ゆまちゃんが何をしようとしているのかはわからないけど、どうしたいのかは理解してるもんね」
「二人とも物分かりが良くて助かるよ」
「だって、この羽をこんなにたくさん持っているってことは、そういう事だもんね」
「二人で一枚でも十分なのに、一人一枚ずつくれるなんて太っ腹すぎるよね」
「もっと欲しいんだったら好きなだけ持っていってもいいんだよ?」
「いやいや、さすがにこれ以上は貰えないよ。私たちの精神力じゃ一枚ずつがやっとって感じだし」
「一人で二枚も持っていたら何が起こるかわからないしね」
この時に初めてうまなちゃんとイザーちゃんが遠慮をしているのではないという事を知った。この国の人らしく謙虚なのかと思っていたけれど、ハッキリと断られたことで検挙ではなくちゃんとした理由があって断られたのだという事を理解した。
そうだとしたら、私はこれ以上二人に無理強いをすることは出来ないと思ったのだ。
「じゃあ、軽く打ち合わせだけさせてもらうね。もう少ししたらお兄ちゃんが目を覚ますと思うんだけど、二人からは積極的に話しかけたりしないでね。もちろん、お兄ちゃんから話しかけてきた時はそれに答えてくれていいんだけど、余計なことは言わないでくれたら嬉しいな。余計なことが何かって言うのは、賢いうまなちゃんとイザーちゃんならわかってくれるよね?」
「多分大丈夫だと思う」
「ゆまちゃんの期待は裏切らないと思うよ」
「そう言ってくれると心強いよ。そんなに緊張しないでリラックスしてていいんだよ。ほら、そっちのソファに座ってお茶でも飲んでてよ」
お兄ちゃんのそばにいるのは私一人で十分だし、近くに立っていられるとお兄ちゃんの視界に入ってしまいそうで困るんだよね。
お兄ちゃんが起き上ったら仕方ないと思うんだけど、横になっていてくれる間はソファに座っている二人に気付くこともないだろうし、お兄ちゃんが二人に余計な質問をすることもないんじゃないかな。
私よりも先にうまなちゃんかイザーちゃんに話しかけるなんてことはないと思うけれど、そういった不安要素は出来るだけ取り除いておいた方が楽なんだよね。その場しのぎでごまかし続けるのはボロが出てしまいそうだし、そうならないためには出来る限り私一人でお兄ちゃんの事を説得する必要がある。
だって、目が覚めたお兄ちゃんに必要なのは正しい事じゃなくて、私にとって都合の良いことだからね。
「もう少ししたらお兄ちゃんが起きると思うんだけど、私が合図を送るまではあまり動かずに静かにしていてくれたら嬉しいな。もちろん、くしゃみとか咳とかは仕方ないと思うんだけど、おしゃべりとかは控えてもらえたら大丈夫だからね」
本当に賢い二人は私の言っていることを理解してくれて、静かに頷くだけだった。
今はまだお兄ちゃんが目を覚ましていないというのに万が一の事を考えてくれている。その事実だけでも二人を信用していいのだという事になる。
お兄ちゃんの意識が少しずつ戻ってきたのか、息苦しそうな感じに二度ほど呼吸をしている。
まだ起きているわけじゃないので目は閉じているけれど、さっきまでとは違って寝返りを打とうとしているのか体を左右に小さく動かしていた。
だが、お兄ちゃんは仰向けのままゆっくりと息を吐いてから、同じようにゆっくりと瞼を開いていた。
「お兄ちゃん、おはよう。体調はどうかな?」
「ん、ンン、あ、ああ。おはよう。なんでゆまがいるの?」
「何でって、お兄ちゃんが急に倒れちゃったから心配で見守っていたんだよ」
「俺が急に倒れた?」
「何でかわからないけど、お兄ちゃんは急に倒れちゃったんだよ。昨日も夜遅くまでゲームとかしてたんじゃないの?」
「ゲームをやっていた記憶はないんだけど。それよりも、なんかゆまって……感じが変わった?」
「やだな。そんなわけないじゃない。ゆまはいつも通りだよ。お兄ちゃんは変な夢でも見たんじゃないの?」
「なんか、さっきまでと違うような気もするんだけど、いつも通りのような気もするんだよな」
お兄ちゃんはその後も何かブツブツと言っていたけれど、私はそんな事は気にしていなかった。
とりあえず、第一段階は成功したみたいで安心した。




