第二十六話 一撃必殺
何度言っても聞きやしないお兄ちゃんの悪いところを直したいと本気で思っているのだけど、それを直してしまうとお兄ちゃんがお兄ちゃんである証が一つ消えてしまうなんて自分勝手な事を言っているお兄ちゃんの事を本気で殴ってしまった。
そこまで強く殴ったつもりはなかったのだけれど、当たり所が良かったのかお兄ちゃんは膝を折ってお兄ちゃんの重心がそのまま垂直方向へと移動していた。久しぶりに決まったクリティカルヒットの相手がお兄ちゃんだったのは申し訳ないことだけど、殴った後の感覚が今までにないくらい爽快なものだったのはお兄ちゃんに対する憎しみがほんの少しだけあったことも影響しているのかもしれない。
「ずいぶんと手馴れているように見えるけど、人を殴ることに躊躇はないのかな?」
「いや、ありますよ。人を殴る事なんて慣れてるわけないし、人を殴った後はいつもドキドキしてますから」
「いつもドキドキって、そんなに頻繁に人を殴っているってことなのかな?」
「そんなことないですよ。週に何回かそういう機会があるってだけで、私はいたって普通の平凡な女の子ですからね」
「平凡な女の子はそこまで頻繁に人を殴ったりなんてしないと思うけど」
「もしかして、私たちの事も殴ろうとしていたりしないよね?」
少しだけ距離を感じるうまなちゃんとイザーちゃんに近付いてみると、二人はさりげなく体の向きを変えて私の正面に急所が来ないようにしていた。そんな事をしなくても急所なんて狙わないので安心してほしいんだけど、なんてことを二人に言うわけにもいかないのでちょっとだけ微笑んでみた。
二人の反応は微妙な感じだったけど私は気にしないことにした。
「そんな事よりも、兄貴が気持ち悪い事を言ってごめんなさい。兄貴が私以外の女の人をそこまで真剣に見ているとは知らなかったんです。ミクロ単位での誤差に気付いているみたいな言い方で本当に気持ち悪いって思ったかもしれないですけど、兄貴にはそこまで悪気もないと思うんで許してもらえると嬉しいです。本当に気持ち悪いって思ってるのは知ってるんですけど、兄貴の事を許してもらえますか?」
「うん、うん。許すも何も大丈夫だよ。確かに気持ち悪いなって思ったところはあるけど、そこまで嫌悪感を抱くような事でもなかったし私もイザーちゃんもそこまで気にはしてないからね。まあ、ミクロ単位で体を測定されているって思うと気持ち悪いなって思うのも事実だけど、本当は他のところを見てるんじゃないかって思いたい気持ちもあったりするんだよね」
「私もうまなちゃんと一緒でそこまで気にしてはいないから。だからね、その握っている拳はいったんしまっておいてもいいんじゃないかな。私もうまなちゃんもゆまちゃんの敵ではないんだからね」
「嫌だなぁ。私は二人の事を敵だなんて思ってないですよ。こんなに良くしてくれている二人を敵だと思うわけないじゃないですか。ほんのちょっとだけですけど、兄貴の事を気持ち悪いって思ったんだなって考えてただけですし」
そう言い終える前にうまなちゃんとイザーちゃんは私の手が届かない位置まで後退していた。
場を和ませようと言った冗談のつもりだったのだけれど、二人にはそう伝わらずに別の意味で伝わってしまったようだ。
でも、それはそれでこの先の話し合いで有利な状況を作れそうなので良しとしよう。
「そんなお二人にお願いがあるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」
「殴らせろとかじゃなかったら聞くけど、どんな話かな?」
「殴らせろなんて言うわけないじゃないですか。本当に殴ろうって思っていたとしたら、私はそんな事を言う前に殴っちゃってると思いますからね」
血の気が引く瞬間というものを見たのも随分と久しぶりな気がしていた。
最近の人は話を聞くことも出来ないのでちゃんとお話が出来ていない事が多かったというのもあるのだろうが、こうして私のお話をしっかりと聞いてもらえるのであればこんなリアクションをとってもらえる機会がもっと増えていたような気もしている。
だからと言って、私はそんな事を自分から望むようなこともないし、相手に恐怖感を与えたいというわけでもないのだ。
ただ、純粋に、私の話を聞いて賛同してもらいたいというだけの話なのだ。
「どうせ殴るんだったら、君のお兄ちゃんにしたみたいに一発で気持ち良くしてもらいたいものだね」
「まったくだ。あんなに綺麗に意識を失う瞬間を見たのは初めてだったけど、一切の苦痛を感じていない幸せな表情のようにも見えるからね。実際に体験なんてしたくはないんだけど、どうせだったらあんな風にされたいという気持ちはあるよ」
「だから、私はそんなことしないですって。で、肝心のお願いなんですけど」
私はうまなちゃんとイザーちゃんにもっと分かりやすく見分けられるように変化してほしいと頼んだ。
二人は快くそれを受け入れてくれて髪の色とカラコンをそれぞれのイメージカラーになるように変えてくれた。
これなら一発で見分けることが出来ると思ったけれど、まだ足りないという事で二人には首にチョーカーを付けてもらうことにした。
このチョーカーが一番重要なポイントなのである。




