第二十四話 ほっぺたにキス
お兄ちゃんがどこを見て二人の事を見分けているのか問いただしたのだが、思っているよりもお兄ちゃんの口は堅く答えてはくれなかった。
大事なお話を終えてやってきたお母さんとお父さんも一緒になってお兄ちゃんを説得しようとしてくれたのだけど、それはそれでお兄ちゃんが意地になって何も話さなくなってしまうと思ったのでお母さんとお父さんには外に出て適当に時間を潰してもらうことにした。私がお兄ちゃんの立場だったら親がいるところで秘密を暴露することなんて出来やしないと思ったからだ。
お母さんとお父さんを負い返したことが功を奏したのか、お兄ちゃんは少しだけこちらに歩み寄ってくれているように見える。絶対に何も言わないと思って良そうな顔だったお兄ちゃんの表情がほんの少しだけ緩み、何か譲歩しようとしているような感じの印象を受けていたのだ。お母さんとお父さんの件が無くてもゆまが説得していたらお兄ちゃんの心は簡単に揺らいでくれるという自信もあったけれど、二人の余計な横やりを反らしたことでお兄ちゃんの気持ちがより早く傾いてくれたのは不幸中の幸いと言ってもいいのかもしれない。
うまなちゃんとイザーちゃんも私の事を信頼してくれて黙って見守ってくれているし、お兄ちゃんを攻略するためにもいつもと違うアレを披露してみますか。
私はお兄ちゃんの前にスッと移動するとそのまま逃げられないように両肩をがっしりと掴んだ。
男女の力差があるので私ごときの力を振り切れないお兄ちゃんでは無かったが、その点もお兄ちゃんは空気を読んでくれて逃げないようにしてくれていた。ここで私から逃げても後々面倒なことになるとわかっているという事もあるが、物分かりの良いお兄ちゃんは黙って視線を外そうとしていた。そのままゆっくりと私の顔から目を逸らしてお兄ちゃんの横顔が私の正面に来るのを私はジッと待っていた。
「どうやって見分けたのか教えてくれないと、まさ先輩に頼んで他の学校のお友達を集めてもらう事になるかもよ」
お兄ちゃんの耳に触れそうになるくらい接近してからお兄ちゃんにしか聞こえないような小さな声でそう囁いた。
言葉の内容を聞いて驚いたのか、それとも耳に吹きかけられた私の吐息に驚いたのか、お兄ちゃんは一瞬ビクッと体をこわばらせていた。それでも、お兄ちゃんの顔の向きはそのままだったので私はもう一言お兄ちゃんに囁いてみた。
「愛華ちゃんに、お兄ちゃんがどこを見ていたか聞いてみてもいいかな?」
メガネの女の子の名前を私が口にするのはとても嫌だったけど、お兄ちゃんを説得するためなのだから仕方ない。まさ先輩とメガネの女の子の名前でお兄ちゃんは口を割ることになると思うんだけど、そんな卑怯な手を使ってしまった私はほんの少しだけ自己嫌悪に陥っていた。
お兄ちゃんは私がメガネの女の子の名前を言ったことに驚いて顔をこっちに向けてしまった。私の顔がまだお兄ちゃんの耳の近くにあるというのにお兄ちゃんは顔を急に動かしてしまったので、思わず私も顔を動かしてしまうのは仕方のない事だった。
結果として、私の唇とお兄ちゃんのほっぺたが触れるという事故が起きてしまった。
「最悪なんだけど。急に顔をこっちに向けないでよ。歯に当たったらどうするつもりだったの?」
私はあえてお兄ちゃんのほっぺたに自分の唇が触れたという事には言及しなかった。その程度の事は私にとって何でもないことだとお兄ちゃんに思わせたかったからだ。でも、実際のところはお兄ちゃんのほっぺたにキスをしてしまったという事でかなり動揺はしていて、心臓の音が自分でも聞こえるんじゃないかと思うくらいに鼓動が早くなっていた。
だが、何か言いたそうなお兄ちゃんよりも先に動いたのはうまなちゃんとイザーちゃんであった。
「何があったか知らないけれど、妹ちゃんの顔が知覚にあるのに急に動くのは危険だと思うよ」
「当たり所が悪かったら妹ちゃんの歯が欠けてたかもしれないんだからね。あなたはお兄ちゃんなんだからしっかりと周りを見て行動しなきゃダメだよ」
「わざとじゃないとはわかってるんだけどさ、急にそんな動きをされたら私も反応出来ないって。兄貴は私に怪我をさせたいの?」
私はまた嘘をついた。
お兄ちゃんが顔を動かすのは予想していたし、その動きも私の想定を超えるようなものではなかった。想定内だったからこそ、私はお兄ちゃんのほっぺたにキスをすることが出来たのだ。このことに気が付いているのは誰もいないと思うので、お兄ちゃんは必死になって私の機嫌を直そうと下手に出てくれるに違いない。
それを見越して私はさらに追い打ちをかける。
「お兄ちゃんが知らない愛華ちゃんの秘密、教えてあげようか?」
お兄ちゃんのほっぺたに触れた唇を再びお兄ちゃんの耳元へと近付けて囁く。
二度目の囁きなので効果は薄いのかもしれないとは思っていたけれど、私の予想よりもお兄ちゃんの反応は素晴らしいモノであった。
今度のお兄ちゃんは顔を動かしはしなかったが、私の質問に答えてくれるという約束をしてくれた。
私は、お兄ちゃんがどうやってうまなちゃんとイザーちゃんを見分けていたのか聞くことにした。
その答えを聞いて、三人とも後悔することになったけれど、何も知らないままよりはよかったと思い直すことにした。




