第十八話 お兄ちゃんと二人でホテルに
どうしてこうなってしまったのかわからないが、私は今お兄ちゃんと一緒にこの街にある一番大きなホテルに来ている。しかも、屋上にあるペントハウスの最上階にいるので自分が地上何メートルに立っているのかわからない。
お母さんとお父さんも一緒に来ていたのだけれど、今はお兄ちゃんと二人で自分たちが住んでいる街を見下ろしていた。小学校の時に社会科見学で見た市役所の展望ラウンジよりも高い場所にあるからなのか、私たちの家の近くまで見ることが出来てちょっとだけ感動してしまった。
遮るものが何もないという事もあるのだろうが、前後左右全てに大きな窓があるので景色はどこよりも素晴らしいモノだと思う。
「外から見ていると市役所とそんなに変わらない高さなんじゃないかと思ってたんだけど、このホテルの屋上にこんな場所があったなんて知らなかったよな。でも、今は晴れていて風も強くないからいいけど、嵐の時とかヤバそうだよな」
「兄貴って本当におかしいよね。普通そんなこと考えるかな。そんな変な事よりも、この綺麗な景色を見て何にもないって言うの?」
「さすがの俺もこの景色は凄いなって思うけど、なんでここにいるんだろうって疑問の方が先に出てきちゃうわ」
「それはそう。私も同じこと思ってたけど、お母さんが今日は美味しいものを食べに行くから準備しなさいって言われた結果、兄貴と二人で待ちぼうけってことだもんね」
「え、美味しいものを食べに行くなんて俺は聞いてないんだけど。さっさと準備しなさいとしか言われてなかった」
「あ、それって、兄貴だけおいしいものを食べないで帰るってことなのかな?」
「さすがにそれは無いでしょ」
そんな事を言っている間にも時間は過ぎているはずなのに、お母さんもお父さんも帰ってくる気配はなかった。
二人が戻ってくる時間がわからないと下手なことも出来ないし、何か良からぬことをやっている最中に戻ってこられたら弁明のしようもない。
別にお兄ちゃんの手を握るくらいだったら仲の良い兄妹だと思われるだけだと思うし、こんなに高くて景色のいい場所だったら手を繋ぐことくらいおかしくないよね。そう言えば、お兄ちゃんは高所恐怖症だったと思うし、お兄ちゃんを落ち着かせるって意味でも手を握ってあげるくらいはしてもいいかな。小さかったことにはよく手を繋いで一緒に歩いていたと思うし、久しぶりにそんな感じになっても大丈夫だよね?
じゃあ、さりげなくお兄ちゃんの手を握ってみようかな。
「失礼します。もう少しでお二人のご両親もこちらへやってくると思いますが、何か飲み物でもご用意いたしましょうか?」
私は伸ばしかけていた手を引っ込めて、声のした方を向いた。
そこには私と同じくらいの身長ではあるが大人っぽいメイクをした綺麗な女性が経っていた。肌を見た感じでは十代にしか見えないのだけれど、内面からにじみ出ているセクシーな魅力は二十代後半でも出せないような雰囲気をまとっていた。
「飲み物ですか。どんなものがありますか?」
「この街にある飲み物であればなんでもご用意できますが、お二人は未成年ですのでアルコールは無しでお願いします」
「俺もゆまもお酒なんて飲まないですよ。じゃあ、俺はコーラをください。ゆまはどうする?」
どうすると言われても困ってしまう。喉は乾いているけれど、何が飲みたいかと言われても何でもいいとしか答えようがない。
でも、炭酸の気分じゃないのでコーラは無しかなとは思う。
それよりも、なんでお兄ちゃんは誰かもわからないようなこの女の人の事をあっさりと受け入れているんだろう。少しは警戒したりするものではないだろうか。もしかしたら、お兄ちゃんはこのお姉さんの事を知っているのかもしれない。
お兄ちゃんが知っている人だったら、遠慮することもないかな。
「じゃあ、私はリンゴジュースでお願いします」
「果汁は何パーセントにしますか?」
「……何パーセント?」
「はい、お好みがあればできるだけその希望に沿ったものを用意しますが」
「特にないんでお任せでもいいですか?」
「大丈夫です。では、お飲み物をご用意いたしますので、いったん失礼いたします」
音もなく扉を開けて出ていったのだが、この部屋の扉は開閉時に音が全く聞こえないようになっているようだ。
そう言えば、結構早く雲が流れているのにもかかわらず風の音が一切聞こえないという事にも今更ながら気が付いた。
これだけ防音性が高いのであれば、どんなに大きな声を出しても平気かもしれない。
と、その前に聞いておかないといけないことがある。
さっきのお姉さんとお兄ちゃんはどんな関係なのだろうか?
「ねえ、さっきのお姉さんっていったい誰なの?」
「さあ、誰なんだろうね?」
私が予想していた答えと全く違うものだったので言葉を失ったが、お兄ちゃんはそんな事には気が付いていなかった。
服装からしてもこのホテルの従業員ではないと思うんだけど、そんな人に飲み物を頼んでも良いものなのだろうか。代金が発生するのだとしたらお兄ちゃんに払ってもらえばいいかと思いつつも、エレベーターに乗るときにちらっと見えたココアの代金は一杯二千円だった事を思い出して少しくらいはお兄ちゃんにお金を渡しておいた方が良いかなとも考えていた。
音もなく再びやってきた女の人はカートを押しながら部屋に入ってきた。
カートの上の段には瓶が二本と空のグラスが四つがあり、下の段にはクーラーボックスが置いてあった。
「では、リンゴジュースには氷はいくつ必要ですか?」
「えっと、よくわからないんでお任せで」
「かしこまりました。コーラの氷も適当にいれておきますね」




