謎の声
青柳が倒れた音は会場の地面を這うように後方まで響き渡った。
「青柳さん!」
マイクを通して岩倉の声が会場の空気を震わせると、現場は一気に騒然とした。
「谷川さん、青柳さんを医務室へ!」
「はい!」
来栖がそういうと、谷川は先ほどまでのオドオドとした雰囲気とは裏腹に、慣れた手つきで青柳を担ぐと、速やかに会場から彼女を連れ出した。皮肉なものでその時間が、このイベントが始まってから一番、フラッシュとシャッター音が多かった。
メディアの人間は口々にあらぬ憶測を立て始めていた。まぁこんなイベントで、商品を口にしてわずか数分で健康被害を出してしまったとなると、この一連の流れだけを見れば、原因があの飲み物であると思わざる負えない。
取り返しのつかないほどのマイナスプロモーションになったことは間違いない。
どうやら、それは開発チームの二人も同じ想いだったようだ。岩倉と高瀬がパナケイアの入っていたグラスに近付いていた。
「皆様、大変申し訳ございませんが、イベントを一時中断させていただきます。状況の確認いたしますので、しばらくこちらでお待ちください」
来栖はそういうと、勢いよくお辞儀をして、岩倉と高瀬に合流した。
彼女のアナウンスを聞いて、メディアの人々は口々に悪態をつきながら、また左手首や右手を見ている。
こりゃまたとんでもないことが起きていた。正直、こんな展開になることは全く想定していなかった。私の出番はイベント終わりに怪しい行動をしていた人たちの素性を洗うくらいのことのはずだったのに。
ちなみにその怪しいやつリストアップもあらかた出来上がっている。あとは無事にイベントが終わって、これ以上谷川さんが怒られないことを祈っていればよかったはずなのに・・・、なんだかめんどくさいことが起きてしまっている気がする。
「これは一体どういうことですか?」
来栖の声だ。周りの声の中から微かに聞こえてきた。私はしれっと前方の席に移動した。
「まさか、パナケイアに何か?」
「いや!パナケイアに問題はない。昨日の最終調整で確認した時は・・・」
「じゃあなんで?」
岩倉の自信たっぷりな物言いに来栖は少し苛立ちを覚えていたに違いない。私も、この状況でよくパナケイアの可能性を否定したものだと半ば感心するほどだった。
二人が言い争いをしている最中に、高瀬はそのグラスに手を伸ばしていた。その時、スピーカーからマイクを叩く雑音が入ってきた。
その音を聞いて、岩倉は来栖の方を見た。
「きってるわよ?」
来栖の言葉に岩倉は困惑しながら辺りを見渡した。すると今度は雑音ではなく、ちゃんとした日本語が聞こえてくる。
「高瀬さん、恐れ入りますが、そのグラスを机に置いていただけますか?」
その声はまるでその場で状況を確認しているかのように、リアルタイムな行動について言及している。
私はその声に、聞き覚えがあり、すぐさま今度は、後方の席へ移動した。もちろん、会場内にいたメディアの人々も困惑している。
人間はなぜ得体のしれない何かがいるかもしれない疑いがある時、辺りを見回すのか不思議で仕方がない。
「誰ですか?」
来栖は得体のしれない何かに話しかけた。
「突然失礼しました。ですが、そちらのグラスは重要な証拠ですので、むやみやたらにお手を触れませんようお願いしたくて」
どうやら声の主は来栖の声が聞こえていないようだ。
「証拠ですか?」
今度は岩倉が尋ねた。
「青柳さん殺人未遂事件の重要な証拠ってことですよ」
どうやら岩倉の声は聞こえているようだ。彼が身につけているヘッドセットは彼の口元から離れて、こちらには声は届いていなかったが、わずかに拾っていた声を頼りに、相手とコンタクトが取れていたのだろう。
「殺人未遂事件?」
岩倉の大きな声に会場は静寂に包まれた。
「ええ、まだ青柳さんは亡くなっておりませんので・・・」
「ちょっと!あなた不謹慎じゃないですか?その言い方だと、青柳さんが時期に亡くなると言っているみたいじゃないですか?」
まぁ今の言い方だったら、来栖みたいな捉え方をされても仕方がないかもしれない。だがそれでも今のは、言いがかりだと私は思った。
「そうは申しておりませんよ」
今行われているやりとりを遮るように、谷川が勢いよく会場内へと入ってきた。
「来栖さん!」
「谷川さん!青柳さんは?」
「朦朧としていますが、意識はあるみたいです」
「よかった・・・」
岩倉や来栖以外にも、メディアの人々から安堵のため息がきこえてきた。
「どうやら殺人事件にはならなかったようですね」
また彼らの神経を逆撫でするような言い方をした。
「あなたは・・・」
谷川は恐らくそう呟いていた。だが、それに被せるように発せられた岩倉の質問のせいで、ちゃんと最後まで聞き取ることができなかった。
「ところであなたは一体何者なんですか?」
そりゃそうなるだろう。私は、どんどんと会場の後ろへと順調に下がっていく。
「通りすがりのただの探偵とでも言いましょうかね?」
「探偵?」
恐らく今、彼は間違いなく格好をつけたに違いない。だが残念ながら、岩倉に首を傾げられただけで終わってしまった。
「殺人未遂事件と言っていましたけど、まるでこの中にその犯人がいるみたいな口ぶりじゃないですか?」
「それにそもそも探偵なんかがなんでこんなところにいるんですか?」
来栖の問いかけに便乗する形で高瀬も疑問を投げかけてきた。
「失礼!説明がまだでしたね。実は私の捜査の結果、御社はとある事件に巻き込まれようとしておりまして、その事件を解決・・・いや未然に防ぐために、勝手ながら私の助手を今回のデビューイベントに潜入させておりました」
やめろ!そこまで種明かしをする必要はないではないか!私は心の中で叫んでいた。
「潜入?もしかして、このメディアの皆様の中に?」
岩倉が、こちらを見渡している。
「やむをえず申し訳ない」
メディアの人々も、それぞれの顔を見合わせ始め、その怪しい探偵の助手探しに躍起になり始めた。
「まぁこんな状況になるのは想定外でしたが、逆に捜査しやすくなりましたな。ここからは、私の助手と一緒に捜査を進めてまいろうと思います。助手君!」
天から聞こえてくる声が、私を呼んでいる。
「どちらにいらっしゃるのですか?出てきてください」
岩倉も呼びかけてくる。
私はこういう注目を浴びなければならない状況が心底苦手だった。
「照明さん。会場の中央から少し後方に外れた辺りを照らしていただけませんか?」
探偵がとんでもないことを言い始めた。果たして彼は一体どこからこちらの状況を見ているのだろうか?
「もっと右です。そしてもっと下」
スポットライトの明かりが右往左往しながらも確実にこちらに近付いてきているのがわかる。
「あーそこです。ほらいるでしょ?」
今の言葉を聞いている時には、辺りの光のせいで周りが見えづらくなっていたが、確かに周りにいる人間は皆、こちらを見ていることだけはわかった。
「あなたが彼の助手なんですか?」
岩倉がこちらに問いかけてきている。高瀬も私に見覚えがありそうな顔をしている。
今、恐らく私の顔はトマトのようになっているであろう。
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第1話→https://ncode.syosetu.com/n1110mi/1




