犯人はあなただ!岩倉さん!その5
来栖の震える手で握られたナイフは、刃先を小刻みに動かしながら、こちらに狙いを定めている。
「来栖さん!」
岩倉が必死に止めようと来栖に近づく。
「来ないで!」
震えていたナイフの刃先が、今度は迷うことなく岩倉の方へまっすぐと向いている。だが、一人の女性に対して、男も含めた複数人が相手だ。この状況なら、取り押さえるのは造作もなさそうなところではあるが、今の彼女の精神状態では何をしでかすかわからない。
できることなら、誰も犠牲者を出さずに、この事件を解決したい。いや、それこそ解決してみせる。
「来栖さん、何をするおつもりですか?」
私はとにかく冷静に、落ちついた口調で彼女に語りかけ、彼女を落ち着かせようとした。だが意外にも彼女は見かけよりも平常心を保っている。だからこそ慎重にならねば。
「せっかく取り戻したのに、私がここで捕まったら、パナケイアがまた悪い人たちの手に落ちてしまう!だから、それを阻止するんです」
そう言うと来栖はナイフを持ち直し、まっすぐこちらに刃先を定めている。彼女は本気でパナケイアを守るためなら命を張るつもりのようだ。
「来栖さん、落ち着いてください」
私はもう一度、まるで自分にも言い聞かせているように来栖に声をかけた。だが、しかしその真逆の状態の岩倉も来栖に言葉をかけてしまう。
「そうですよ!これ以上罪を重ねてはいけないです!」
案の定、彼女は過剰に反応し、ナイフと鋭い眼を岩倉へと向けた。
「あなたに言われたくないです!この金の亡者が!」
「待ってください!私の話を!」
だがもうすでに遅かった。彼女の耳に岩倉の声は全く届いてはいない。来栖は必死に弁解しようとしている岩倉に向かって、ナイフを振り下ろした。すると、岩倉は彼女に対し何か罪の意識があるのだろうか?その振り下ろされたナイフをじっと見ながら、動こうとしない。
その時、岩倉と来栖の間に人影が素早く入り込む。
「来栖さん、ごめんなさい」
そういうと、谷川は来栖のナイフをいなしながら、岩倉を来栖のナイフの軌道上から外し、来栖の足とお腹に蹴りを入れて、首の裏を軽く叩いて気絶させた。
そこまでの手際といったら、まるで素人の技ではなかった。少なくとも格闘技経験者であることは間違いないくらいの華麗な手捌きに私はただただ見ていることしか出来なかった。
「お怪我はありませんか?」
少し手荒に扱ってしまった自分の上司の元へ駆け寄った谷川は、岩倉に手を差し伸べた。思いっきり尻餅をついてしまった岩倉は、目をまんまるく見開きながら、谷川に手を引かれゆっくりと立ち上がった。
「ありがとうございます」
岩倉はまだぼーっとしている。私も彼らの元へと近づいた。
「谷川さん・・・あなたは・・・」
「彼女なら大丈夫です。気絶しているだけですので、すぐに目が覚めるでしょう」
谷川は何を勘違いしたのか?それとも話をはぐらかしたのかはわからなかったが、来栖の安否を私に伝えると、彼女を抱き抱えた。やはり彼女は只者ではない。少なくとも、私よりもこのような状況に慣れていることは間違いない。
すると谷川の前に岩倉が、立ち塞がった。
「谷川さん、あなたは一体何者なんですか?」
まさしく私が彼女に聞きたくて、聞き逃してしまった質問を岩倉がしてくれていた。だが、しかし谷川から返答はなく、どこか急いでいるような雰囲気だった。
「谷川さん、もしかして、あなたがパナケイアをすり替えたんじゃないですか?」
今度は私が質問をした。今度はちゃんと彼女に投げかけることができたが、やはり同じく、彼女からの返答がなかった。その代わりに大きな破裂音が宴会場に鳴り響いた。
「しまった!」
谷川は間違いなくそう叫ぶと来栖をその場に降ろして、宴会場の後方へと走っていった。
「ちょっとどこへ?」
岩倉が谷川を追いかけようとした。だがその時、高瀬が岩倉の肩を掴んで、彼の歩みを止めた。
「岩倉さんは彼女を見ててください。彼女は私が!」
「ああ、頼んだぞ!」
そう言い残すと、私にアイコンタクトをとり、高瀬は走り去っていった。どこからかガスが漏れている音が、宴会場に響き渡っている。
「岩倉さん、ガス漏れかもしれません。ひとまずこの会場から出ましょう!」
「分かりました」
しかし、さっきまで出入りができていたはずの宴会場の扉がびくともしなかった。
「鍵がかけられています」
岩倉はそう言いながら、力ずくで開けようと奮闘している。
「ですが、普通こういった扉の鍵はこちらからしか開け閉めはできないはずですけど・・・」
私がそうつぶやいているうちにガスが噴射される音がどんどんと大きくなっていくのがわかった。
その時、銃声のような大きな音がさらに二回聞こえてきた。
「今のって・・・」
「銃声じゃないですか?」
私がそう答えると、岩倉は音のする方に視線を向けた。
「高瀬さん!」
岩倉はそういうと、来栖を置いて走り出した。
「待ってください岩倉さん。もし本当に銃声だったら・・・」
私はそう言いながら、岩倉を追いかけた。だが私が走り出そうとしたとき、その音が本当に銃声だったことが判明した。
そこには腹部から血を流しながらヨタヨタと岩倉の元へと歩いてくる高瀬がいた。
「高瀬さん!」
岩倉は倒れ込む高瀬を抱き抱えるようにキャッチした。
「岩倉さん、どうやら産業スパイが・・・」
「産業スパイ?」
消え入りそうな高瀬の声を岩倉は一生懸命に聞いた。
私は高瀬が歩いてきた方向へと向かった。するとそこには頭を撃ち抜かれた谷川の亡骸が横たわっているのを見つけた。そしてその谷川の亡骸の手には銃が握られていた。
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第1話→https://ncode.syosetu.com/n1110mi/1




