ラウンジでの暇潰し
私は、スマホに目を通しては、ウーロン茶を飲み、ラウンジの上の方にかけてある時計と睨めっこするというルーティンを繰り返していた。
描き殴られたメモの代わりに今朝送られてきた捜査資料を眺める。
探偵はよりによってなぜこの会社に目をつけたのかが疑問だった。確かに、今回のこの新製品は画期的かつ、どの企業がその技術を欲しがっても不思議ではないが、たかがエナジードリンクの成分を、国際指名手配されているような産業スパイが狙うわけがない。
それならもっと別の何かピンポイントでその業界のそういった催しに潜入した方が良いのではないのだろうか?
私はそう考えつつも、いざ軍事施設なんかに潜入した自分の姿を想像して、身震いを起こすのだった。
正直、昨日の段階ではそこまで深く考えていなかった。だが、こうやって捜査資料や、昨日の情景を思い浮かべると、だんだんと心配になってくる。
できれば、何も起きないことを祈るばかりだ。
するとその時、一人の女性が勢いよくホテルの扉から走り込んでくるところが見えた。こんな優雅な雰囲気で、あそこまで焦った様子で走り去っていく姿は、嫌でも目に入るほど、目立っていた。
私はその姿を見ながら、やはり今日の私の判断は間違っていなかったと確信した。もし、そんな懸念もせず時間通りくらいに到着を見込んでいたら、私もあんな感じでこのホテルに飛び込み、別の誰かにこんなことを心で思われていたかもしれない。
私は残りの時間で株式会社エナジーヘルスのことを調べることにした。それこそ、製薬会社時代のことに関して、私は全く知らなかったからこそ、何かの足しになるかもしれないという思いからだ。
そうこうしているうちに、心なしかラウンジが賑やかになってきたような気がした。恐らくここにいる人たちの半分以上は、同じ場所で同じ時間を過ごすのではないかという気がしていた。
中には大きなアタッシュケースのようなものを抱えている者や、ノートパソコンと睨めっこしている者、複数人の自分の部下に何か指示を出している者、なんだかよくわからない談笑をしている者などなど、明らかにこのホテルの宿泊客ではないのは明白な人たちが集まっている。
ただ私は、彼らのどこか高圧的かつ周りに配慮がない雰囲気と声の大きさなどを見て、若干の嫌悪感を感じていた。そして今から自分もこの連中の一員になるのかと考えただけでさらにネガティブな気分が増していた。
そこで私はひとまず、この時点で怪しい人間に目星を着けることにした。まぁいわゆる最後の暇つぶしというやつだ。
だがまだ何も始まっていないうちからそんなことをしても、ただの労力の無駄だった。
しばらくすると、今度はラウンジの人の数が減っているのを感じた。まだ開場まで三十分もあるのに。
私は、ひとまず頼んだばかりのウーロン茶を一気に吸い上げた。頭に冷たい激痛が走ると、それに耐えながら会場へと向かうため、ラウンジを後にした。
会場の前にはさっきよりも大きな機材を持った人間が目立つ。どうやら、一刻も早く会場入りして、一番良い撮影場所を陣取ろうと、各社が躍起になっているのが見える。
そういえば私も何か撮影みたいなことをするべきだったのだろうか?そんなことはこれっぽちも考えていなかったが、よくよく考えたら、記者会見といえば、あの大量のフラッシュ撮影ではないか。それに今回は記者会見ではなくイベントと称されているなら、尚更やるべきな気がしてきた。
ただ、探偵からはそのような指示が出ていない。それは当たり前のことを言わなかっただけなのか?それとも目立たないためにあえて指示を出していないのか?でもこう見た感じ、逆に撮影していない方が目立ちそうな気もするが・・・。
まぁそこは状況を見て判断することにしよう。
そんなことを考えていると、開場予定の時間になっていた。だが、一向に会場から動きはない。周りにいるメディアの人々も苛立ちをあらわにし始めている。恐らく、何かトラブルが起きているのだろう。
すると、背後が少しだけ騒がしくなった。私は自然とその騒がしい場所に視線がいった。すると人混みをかき分けながら、女性が慌ただしくこちらに向かってきていた。
私は、その彼女に見覚えがあった。さっき勢いよくホテルへ駆け込んできたあの女性だった。さっきもさっきで急いでいる雰囲気だったが、それに負けじと今回も勢いよく会場内へと駆け込んでいった。
それから間も無くして、開場された。
恐らく、遅延の原因は彼女だったのであろう。
会場内は円卓が並べられており、コーヒーの匂いと、ヴァイオリン演奏のBGMが優雅な雰囲気を演出していた。
そんな雰囲気に逆らうかのように、メディアの人々はカメラの陣取り合戦が早速開戦された。私は目立たず周りを見渡せる席を狙った結果、なぜか一番真ん中の前から二つ目の円卓の真ん中に座ることになってしまった。
やはりみんな前の方は人気だが、次に両サイドが人気のようだ。なぜだかはわからない。なんなら、私がそこ狙っているから全員がそれを阻止しているのではないかと思うくらいだ。
私はひとまず円卓に座った。自分の席にはコーヒーカップに入ったコーヒーが置かれている。カフェインを使わないエナジードリンクに対する皮肉なのかと考えながら、カップを口元へ近づけた。
私は普段そこまでコーヒーを好んで飲むことはない。だが、この匂いはなぜここまで人を魅了するのだろうか?
すると、司会台に一人の女性の姿が見えた。彼女は慣れた表情で一礼すると、マイクに顔を近づけた。
「皆様、本日は我が社の新商品デビューイベントにご出席いただきまして、誠にありがとうございます。開始時刻となりましたが、ただいま最終調整を行なっている関係で、もう少々お時間を頂戴したいと思います」
彼女の言葉に周りの人間は一斉に、自分の左手首につけている腕時計を確認していた。私も自然とスマホの電源をつけて、時間の確認をしていた。
そんな少し、アウェイな雰囲気にも動じず、彼女は言葉を続けた。
「皆様の各テーブルにはオリジナルブレンドコーヒーをご用意させていただいておりますゆえ、誠に申し訳ございませんが、そちらをお召し上がりになってお待ちいただけますと幸いです。皆様のご理解とご協力をお願いいたします」
彼女は話すだけ話すと、再び一礼をして去っていった。
だが、私としては好都合だった。先ほどまでウーロン茶を大量に飲んでいたせいもあって、非常にトイレに行きたくなっていた。このままイベントが始まっていたら、膀胱はただ事では済まなかっただろう。
私は、ひとまず席をはずし会場の外へ出た。
もうすっかり、会場の中に人が入りきっているようで、場外は静寂に包まれていた。そのせいもあって、会場の恐らく控え室の方から聞こえてくる怒号が、大きくこちらに響いてきた。
女性の声だ。
私は、すぐにその怒号を受けているのが、あの急いよく会場に入って行った女性に違いないと確信した。
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第1話→https://ncode.syosetu.com/n1110mi/1




