潜入捜査
「早速、君にはとある企業の新商品デビューイベントに潜入し、その新商品の調査をしてもらいたい」
そう私の上司にあたる探偵に言われたのは、昨日の夕方くらいだった。そして私が、この探偵事務所で助手をすることが決まったのも同じ時間だった。
「え?もうですか?」
私はてっきり助手と言っても、お茶出しとか、書類整理みたいないわゆる雑務をこなすだけの仕事だと思っていた。と言うより募集内容にそう書いてあった。とは言っても私も、その時はまだネガティブに捉えていたわけではない。
そもそも、私が探偵の助手を希望したのも、好奇心が故であることは事実だったが、まさかこんなすぐに面白そうなことが起こるなんて夢にも思っていなかった。
「ああ、事態は急を要するものでな。早速、話を進めるぞ」
私はすぐにカバンからメモとペンを用意した。すると、探偵はその状況を不思議そうに眺めながら、自分の背後にある大きなモニターの映像を見た。
「会社名は株式会社エナジーヘルス。元は製薬会社だが、最近は飲料製造や化粧品業界にも進出している」
むしろ製薬会社だった過去を私は知らなかった。やはりエナジーヘルスといえばエナジードリンクのイメージが強い。
「今回、そんな株式会社エナジーヘルスから新商品が発表されると言う情報が入った。それが、このエナジードリンク」
モニターにはまだ世に出回っていない、初めてお目にかかるエナジードリンクが映っている。
「パナケイア・・・」
私はそのパッケージに書かれている商品名らしき文字を読んだ。
「なんでも従来のエナジードリンクのような、カフェインによる覚醒作用を促すものではなく、自社開発の成分を配合した全く新しいエナジードリンクらしい」
確かに従来のエナジードリンクとは違い、その隣に映っている透明のグラスには、茶色ではなく白くていかにも体に良さそうな飲み物が注がれていた。
こんな風貌のものが、コンビニの店先に並んでいたら、皆迷わず従来のものを差し引いて、このパナケイアとかいう新参者を手にするだろう。
すると、探偵の口調に若干、感情が垣間見えた。
「もし、本当にその自社開発の成分とやらが、カフェインの覚醒作用を凌ぐ全く新しいエナジードリンクに相応しい効果を発揮するならば、きっと他の企業が目をつけてもおかしくはない。それこそ産業スパイなんかもな」
確かにもしこの謳い文句が本当のことなのであれば、業界内では革命に近い。それをめぐっての静かな争いが起きてもおかしくないと素人目でも感じる。
「そこで君にはその独自開発の成分について調査をしてほしいと思っている」
「はぁ・・・」
急にそんなことを言われても、あまりピンと来てはいなかった。幸いにもそれは探偵も見抜いてくれているようだった。
「もちろん、初めてのことで難しいことだとはわかっている。だが、君にしか出来ないことなんだ」
探偵はそう言うと私に有無を言わさず説明を続けた。
「まず君はジャーナリストとして、このデビューイベントに参加してくれ。そこで恐らく成分の話になるはずだ。ここまで独自の成分の話をしていて、何もないわけはないだろう」
「じゃあ、そこでその成分について詳しく話を聞いたら良いってことですか?」
すると、探偵は首を横に振った。
「そうじゃない!」
私はだったら何をしたら良いんだと言う言葉が、口から出る代わりに、頭の中でこだましていた。
「君はイベント中はただ話を聞いているだけでいい。質問とかは一切しなくていい。君はそこでまず誰が、その成分の話をしているか?それに対して根掘り葉掘り成分の話を聞こうとしている記者がいないかを調査して、願わくば接触はその者たちに図ってほしい」
最後の部分は私が一番苦手な分野かもしれない。何せ、私は人見知りが激しい。その成分の話をしている担当者に話を聞くことは、かろうじて出来たとしても、特に話の口実がなければ、赤の他人に話しかけるなんて、ライオンに野菜を食べさせるくらい不可能なことだ。
「わかりました。やれるだけのことはやってみます」
私のリップサービスに探偵は嬉しそうな顔で頷いた。
「まぁ、一人で心細いかもしれないが、それほど難しいことではないはずだ。気負いせずに頑張ってくれ」
そういうと、彼は私の肩を軽く叩いた。
「一人・・・ですか・・・?」
ところが、私の頭の中はそれどころではなかった。
「あなたは、来ないのですか?」
すると彼は、軽い雰囲気で左手をあげた。
「すまんな!実は、インターポールから国際指名手配されている、産業スパイが半年前くらいから、この日本に潜伏しているって噂がある。やつのせいで今まで大小問わずたくさんの企業が被害をうけているだけでなく、やつが裏社会に精通しているなんていうきな臭い噂まである。私は今その捜査で手一杯でな」
「インターポールですか?」
そんな組織の名前なんて、映画の世界でしか聞いたことがなかった。それこそ、そんな組織が実在していることに驚いたくらいだった。
この探偵は一体何者なのだろうか?もしかしたら、とんでもない人間の下でこれから働かなくてはならないのかもしれない。
「まぁとにかく今、君に伝えられるのはこれくらいだ。今回も君の活躍に期待しているぞ。それじゃあ、頼んだよ」
私は、ただ頷くことしかできなかった。
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第1話→https://ncode.syosetu.com/n1110mi/1




