早朝の呼び出し
高瀬が出ていってからしばらくすると、控え室へと続く扉のドアノブが音を立てた。ゆっくりとこちらに向かって開いた扉の後ろから、来栖の姿が現れた。
「すいません、次って私ですよね?谷川さんもまだお手洗いから戻ってきていないみたいですし」
私は二人の取り調べをやっただけで、頭がパンクしそうになっていた。今だったら、数学者が頭を抱えているようなことも、あっという間に解けてしまう自信がある。
だがそんな状態だと、広い視野が欠けてしまうようで、私は彼女を呼ぶのをすっかり忘れていた。
「お気遣いありがとうございます。ちょっと考え事をしていたものでして」
すると、来栖は口元を抑えながら控えめに笑った。
「それがお仕事ですもんね」
そりゃそうだ。私も自分の言動の滑稽さに思わず吹き出してしまった。
「それはそうですね」
「もし、都合が悪いようでしたら、出直しますよ?」
そう言いながら、来栖は再び控え室へと体を向けていた。
「いえいえ、問題ございません。善は急げって言いますからね。さっさと終わらせてしまいましょう」
それにあなたには聞きたいことがあるしね。私は心の中でそう呟きながら、口では別のことを言っていた。
「わかりました。探偵さんがそうおっしゃるのなら・・・」
来栖は扉を閉めると、私の前に腰を下ろし、少し息を吐いた。
彼女からはさっきの二人よりも緊張感が感じられた。体も僅かに震え、どこか落ち着かない表情だ。まぁ、年齢もそこまで上ではないだろうし、見た目からしても青柳のような気が強い感じには見えない。
それこそ通常は、この反応が正解なのかもしれない。
「ではあなたには先ほどチェックインをしてからの動きを伺っておりませんでしたので、そこからお話ししていただいてもよろしいですか?」
私も彼女にどこか優しい口調で話すことを心がけていた。
「そうでしたね」
彼女はハニカむと、震える声を一生懸命に抑えながら、話を始めた。
「チェックインしてからは、すぐに会社に忘れ物を取りに向かいました。大体、30分くらいで戻ってこれたと思います」
そういえば彼らの会社ってどこにあるのだろうか?このホテルからそんなに近い距離なのだろうか?
「忘れ物ですか?差し支えなければ教えていただいてもよろしいですか?」
当然の質問を私は投げかけた。それに対して彼女も、動揺一つ見せずに答えた。
「大したものではないです。最近、泊まりがけで仕事をしていたのですが、お恥ずかしい話、私、家の布団じゃないと寝付けなくて・・・、出張の時は睡眠薬を飲んでいるんです」
私も同じタイプだった。私の場合は果たして布団が合わないだけのせいなのかは疑問だが、たまに寝つきが悪くて、睡眠改善薬なんかを服用することがあった。
「それは昨日も服用されましたか?」
「飲もうと思った時、青柳さんから連絡がありまして、大体朝の4時過ぎくらいでしたかねぇ・・・。それで飲めませんでした」
ということは、彼女は今ほぼ寝ていない状態でここにいるようだった。それは精神的にも不安定になってもおかしくはない。
「その青柳さんの要件はなんだったんですか?」
朝の4時なんて相手が寝ていてもおかしくない・・・いや、寝ているのが普通の時間に連絡をするのだから、余程のことがあったに違いない。
「本当は朝にする最終打ち合わせの予定を早めてほしいというものでした。それですぐに青柳さんの部屋で打ち合わせを・・・本番ギリギリまで行なっていたので、先ほどからご質問されている朝食はとっておりません」
彼女はところどころ思い出しながら、状況を正確に答えてくれた。そのおかげで捜査が捗る。
「ありがとうございます。それだけ聞ければ結構です」
実際はこれ以上聞いたら、さらに分からなくなりそうってところだった。なぜ彼女はそんなに早い時間に、彼女を呼び出したのだろうか?
次の日に大事なイベントがあるのに、4時になってまで・・・。私なら、流石に睡眠を優先して当日に備えるだろう。いや・・・実際には眠れなくて結局徹夜コースになるのがオチなら、その時間も最終調整に勤める方がかえって良いのかもしれない。
「探偵さん・・・」
そんなことを考えていたら、来栖の声が私を思考の世界から現実の世界へと呼び戻した。
「本当にこの中に青柳さんを殺そうとした犯人がいるのでしょうか?」
私は彼女の言いたいことがはっきりと汲み取ることはできなかった。
「とおっしゃいますと?」
「外部の人間の仕業とか?」
彼女のその眼差しは、どちらかといえば、そうであってほしいと強く願っているように見える。
ただでさえ、自分の上司が殺されかけただけでもショックだと言うのに、その犯人が同じ会社の人間で今も自分のすぐ隣にいるかもしれないと思えば、誰だって現実逃避をするだろう。なんなら、私ですら、すでにこの事件において現実逃避していることがいくらでもある。
だが、私がこの事件を客観的に考えれば考えるほど、彼女にとって辛い事実を伝えなければならなくなってしまうのだ。
「それは考えにくいですね。それか何か気になることでも?」
彼女はふと何かを言おうとしたが、喉まで出てきたその言葉を再び飲み込んでしまった。
「いえ、ふとその可能性を感じただけで、こう言ったことのプロの方がそうおっしゃるのであれば、そうなのでしょう」
彼女はそう良いながら、視線も気持ちも下へ向けてしまった。
「失礼します」
「あ!すいませんもう一つだけお願いがございまして・・・」
私の声に、来栖はゆっくりとこちらに視線を戻した。
「あとお話を伺っていないのが、谷川さんなんですが、先ほどからお手洗いに行かれていて、まだ戻ってきていないようでして・・・。申し訳ないのですが、様子を見てきてもらってもよろしいですか?」
「わかりました」
彼女は消え入る声でそういうと、外へ出ていった。彼女が出て行ったあと、彼女の気持ちと同じように、扉も静かに閉じられた。
お読みいただきありがとうございます。ぜひ評価、ブックマーク、感想をしていただけるとかなり励みになります。
よろしくお願いします。
第1話→https://ncode.syosetu.com/n1110mi/1




