足取り
私は開発メンバー二人の聴取で気になる箇所を改めてメモにまとめた。果たしてそこの部分にテコ入れする暇があるのかは分からないが、今はとりあえず次の容疑者に話を聞くことにした。
「では次に谷川さんのお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
谷川の話を先に聞こうと思った理由は二つある。まずは、自分の中にある谷川への先入観を一刻も早く取り除いて、捜査に支障が出ないように努めたかったのと、来栖の様子がおかしかったのだ。
先ほどまでかなり動揺している様子だったが、岩倉や高瀬の話をしているタイミングで時々、彼らに対して鋭い視線を向けていたのを私は見逃さなかった。そして常に、彼女が何か発言をしようとしているところを、高瀬や岩倉にまるで阻止させれているようにも思えた。
もちろん、これも先入観なのかもしれないが、それを聞くにあたって、谷川の話を先に聞いておく必要が十分にありそうだ。それこそ何もないならこのタイミングで疑いを晴らしてほしいのも、私の願望である。
谷川は一歩前に出てきた。
「では、あなたのチェックイン後の行動を教えていただけますか?」
谷川は淡々と答えた。
「私はチェックインの後は、自分の部屋へ行って今日の準備をしておりました。そしたら、青柳さんから電話があって会社に忘れ物をしたので、それを回収してくるようにと申しつけられました」
さっきの高瀬の話に相違はなさそうだった。
「忘れ物の内容は?」
「ピンク色のポーチですね。中身まではわかりませんが、触った感じだとラムネみたいなお菓子が入っているのかな?と思いました」
やはり彼女のこの淡々とした物言いに違和感を感じる。私が社会人になりたての頃だったら、ポーチの中身がなんなのかなんて考えなかった気がする。だがしかし、彼女は中身を開けてはいけないという礼儀を身につけておきながら、中身の考察をしている。やはり、彼女も何かを隠しているとしか思えない。
「ちなみにそれは何時頃でしょうか?」
「16時前ですね」
「なるほど。それから?」
私はあまりにも淡々と話が進んでいくせいで、その後の質問が出てこなかった。だが、谷川は私の適当な質問に対して、完璧すぎる回答を始めた。
「それから青柳さんの部屋に忘れ物を届けに向かったら、彼女の部屋の前で彼女と岩倉さんが言い争いをしているところを目撃しました」
さすがの谷川も少しは言いづらそうにするのではないかと思われたが、そんなこともお構いなしに、やはり淡々と状況の説明をしている。
「言い争いですか?」
私は復唱することしかできない。
「内容まではわかりませんでしたが、かなりヒートアップしていた様子でしたね」
谷川の言葉に対して、岩倉は罰の悪そうな顔をしながら、彼に疑いの眼差しを向けた高瀬の方を見ていた。
「それは確か18時半だったと思います」
当然谷川が告げた。確かに今のことは私が自発的に尋ねなければならなかったことではあるが・・・。
「岩倉さんが一回部屋を出た時間帯と一致しますねぇ」
高瀬の声が聞こえた。やはり高瀬は岩倉を疑っているのだろうか?
「岩倉さん、青柳さんとはなんの話をしていたのでしょうか?」
この状況であれば、よほどのことがない限り岩倉も答えざるを得ないだろう。
岩倉は私を見た後に高瀬と谷川に視線をむけ、いたたまれない表情を浮かべながら口を開いた。
「詳しい内容までは社外秘なので、ここでは言えませんが、そりゃ担当部署が違うとそれぞれ意見が食い違ったり、多少ぶつかることはありますし、大した話じゃないですよ」
誤魔化したようにも見えるが・・・。どちらにしてもそう言われてしまっては、私もさらに深掘りすることができない。
「わかりました岩倉さん。では谷川さん続けてください」
私は例によって気になることをメモをとった。そしてまだ彼女の足取りは、昨日の夕方から夜にかけての時間帯までしか聞けていない。まだまだ夜は長いと思われる。こりゃ時間稼ぎには十分すぎるだろう。
谷川は再び、相変わらずの淡々とした口調で、話を続けた。
「その後はまた部屋に戻って今日の準備の続きを行なっていましたが、気がついたら寝てしまっていました。いわゆる寝落ちってやつでしょうか?その間は一度も外には出ていないです」
いきなり彼女の足取りは、一気に次の日へと進んでしまった。
「と言うことは、昨日は会社から戻ってきて以降は、青柳さんと岩倉さんにしか会っていないということですか?」
「あっ!」
谷川が何かを思い出したようだ。
「青柳さんの部屋から自分の部屋への道中に来栖さんとすれ違いました」
「それ以降は一度も部屋から出ていないと?」
「おっしゃる通りです」
彼女の返答の後、少し沈黙を作ってみた。しかし、それに対する異議申し立てはなかった。少なくともこの中の三人は、それ以降彼女の姿を見ることがなかったと言うことになる。
「そのとき来栖さんはどちらへ?」
一応聞いておこう。
「大浴場へ・・・」
そりゃそうだ。時間帯的にみても違和感はない。それどころか、彼女はちゃっかり出張を楽しんでいるようだ。
「なるほど、では最後に今朝はホテルで朝食をお摂りになりましたか?」
すると、谷川は塩らしくモジモジと足を動かしている。
「お恥ずかしい話なのですが、実は私は今日寝坊しておりまして・・・」
それは私も知っている事実ではある。
「なるほど、では朝食は摂っていないというわけですね」
「それについては事実です。朝食会場では見かけていましせんし、始まる前に青柳さんから遅刻のことでかなり叱責されておりましたから・・・」
もしかしたら、私が目撃した光景のことを岩倉は証言しているのかもしれない。
「谷川さん、ありがとうございました」
結局、謎が謎を呼んだだけで終わってしまったような気がした。だが、まだ後一人残っている。来栖の話を聞く時が来た。
「では来栖さん・・・」
「あのー?」
来栖はか細い声で手を上げていた。
「どうされましたか?」
「実は先ほどはイベントの途中だったので言い出せなかったことがあるんですけど?」
彼女のまるで他の容疑者の視線を気にしているような目つきがどこか怯えているようにも見えた。
「ぜひお聞かせ願えますか?」
もしかしたら、私が彼女に抱いていた違和感の正体が、今から明かされるのかもしれない。私の返答を聞くと、彼女はスライドの操作をし始めた。
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第1話→https://ncode.syosetu.com/n1110mi/1




