■ 剣士と魔神とヘタレ巫女
【聖巫女協会から派遣されたグータラ巫女ナスカ。彼女が探索を依頼された山には、上半身が人間の女性、下半身が真ん丸な魔神というトンデモナイ輩がいた。そして……】
とある巫女が街道を歩いている。彼女は聖巫女協会から派遣された巫女であった。
この国で巫女は聖騎士の次に地位が高く、その魔力によって各地の平和を維持するのに貢献している。僻地など、遠隔地には騎士はおろか、有力な冒険者なども赴く事はない中、聖巫女協会は大いなる慈悲の精神から、そうした地域へも巫女を派遣しているのであった。
今回の巫女僻地派遣も、そのためである。
ただ当の巫女・ナスカは、家柄も良く魔法の才にも恵まれているものの、とんでもないヘタレなのが欠点であった。そのため、家族の中でも協会の中でも浮いた存在である。そんな彼女が僻地へやられたのも、一種の厄介払いという側面が強かったが、本人も「田舎でノンビリと、いい加減にやりたい」という、不謹慎な気持ちで僻地行きに同意したのであった。
ようやっと勤務地の起点となる街の役所に到着したナスカ。ところが就任早々、厄介ごとを持ち込まれてしまう。
何とか理由をつけて断ろうとするナスカだったがそれも叶わず、今彼女は小さな馬車で一人、問題の山へと向かっている。役人の話では、狩りや山菜を取りに行った村人たちが帰ってこないというのだ。
面倒と怖い事が大嫌いなナスカだが、役人の機嫌を損ねて聖巫女協会へ通報されれば巫女としての地位が危うくなる。彼女としては、実入りの良い巫女を首になるのは困るのであった。
山へと分け入り探索の真似事をするナスカ。
「ま、探索したっていう、ポーズをとっておけば良いわけよ」
いつものヘタレ根性丸出しである。
背後の茂みが鳴ったように思い振り返ると、彼女の目に若い女の上半身が飛び込んできた。しかも丸裸である。ナスカに気がついた女は「早く立ち去れ」と叫ぶと、茂みの中へと消えていった。
「なんで、こんなところに裸の女が?」
好奇心の虫が刺激され、面倒くささや怖さを忘れて女が消えたあたりを探索するナスカ。再び背後で物音が聞こえ、さては先ほどの女だと思い振り返った。
だがそこにいたのは、身長三メートルはあるかという人型モンスター四匹。大いに慌てたナスカは、迎撃の魔法を使う事もなく逃げ惑う。が、すぐに崖上へと追い詰められてしまった。
あぁ、私の命もここまでか。もっとグータラと生きればよかった……。
そう諦めかけた彼女の耳に「伏せて!」と、澄んだ声が届く。先ほど出会った女の声である。とっさの事ではあるが、反応良く伏せた彼女の頭上を、すさまじい量の氷の刃が通りすぎていった。
呆気にとられるナスカの眼前では、その刃に貫かれたモンスターたちが絶命している。
”あの女の人が、ツララの魔法を?”
助けてもらった礼を言おうと、立ち上がりモンスターの向こう側に目をやったナスカは絶句する。
そこには眼前に倒れているモンスターを上回る異形の存在がいたのである。
裸の女の体はヘソの辺りまでしかなく、その下は丸く大きな茶色い物体が占めていた。おまけにそれには目鼻や口があり、ナスカの方を見つめている。
余りのショックで、ナスカは卒倒してしまった。やっぱり、ヘタレである。
”ほら、しっかりしなさい。まだ脅威が去ったわけじゃないのよ”
頬を乱暴に叩かれ目覚めたナスカの前には、やはりあの異形の生物がいた。夢ではなかったのだ。
慌てて逃げようとするナスカの腕をつかむ女の手。騒ぎ立てるナスカを怒鳴りつけ、女は無理矢理に事情を話し始めて来た。
自分たちは人間と魔神が融合してしまった存在で、決して悪意のある存在ではない。それどころか、この地域一帯を人知れず守ってきたのだという。ところが最近、明らかに異常なモンスターたちが現れ始めたのでパトロールを強化していたところ、ナスカが襲われているところに出くわしたらしい。
「じゃぁ、下の丸いのが魔神?」
恐ろしさに慣れたというわけではないが、好奇心が先に立ったナスカがおずおずと尋ねた。
「あぁ、そうだ」
醜い顔に似合わぬ、野太く優しい声がナスカの耳に心地よさを運ぶ。
彼の話はこうであった。
自分はガッツェルという名の魔神であるが、生来恐ろしい事が大嫌い。そんな性格が災いして、魔神仲間から追放されてしまった。そして流浪の末にこの山へと居を構えたが、村人たちに悪霊と誤解され生贄を差し出される身となってしまう。
もちろん生贄を食らうような真似はせず、差し出された娘たちの記憶を改ざんし、気に入らないので返したという話をでっちあげていた。
ところがある時、悪霊の話を聞きつけ、功をあげたい女剣士が彼の前へと出現する。それが今、自分の上に乗っかっている女・リザリーである。悪意がない事を告げても聞き入れられず仕方なく戦いに応じるが、彼女が魔法剣の力を最大に発揮した渾身の一撃が、自らの魔力と異常な化学反応を起こしてしまい、気がついたら融合していたのだという。
分離を試みるも叶わず、仕方なく共生をしている次第らしい。
ナスカが不思議な話に首をかしげていると、尾根の向こうから異様な存在が二体、急速に迫ってきた。どうやら先ほど倒したモンスターの親玉のようである。
ガッツェルの見立てだと、二体とも中の上といったレベルの魔神であり、問答無用で三人に襲い掛かってきた。
ナスカは岩陰に隠れてしまい、やむなくリザリーとガッツェルが矢面に立つ事となる。リザリーは何処からか現れた剣を振るい、ガッツェルは魔法を駆使して応戦した。
だが二人の連携が取れているとは言えず、だんだんと劣勢を強いられ始める。
「お前だけでも逃げろ!」
リザリーの声に一端は逃げ出そうとするナスカだが、その時、生みの母の形見である指輪が光り出し”言ったとおりに唱えなさい”という声が彼女の頭に響いた。
無意識の内にその呪文を詠唱するナスカ。
彼女の体から発せられた赤い光がリザリーとガッツェルを包み込むと、誰もが驚くような変化が現れ始める。
魔神ガッツェルの体が変化をはじめ、それはリザリーの”脚”となったのだ。それと同時に、彼女の体全体が生物的な鎧に変化した。一方、ガッツェルは縮小し、鎧の胸の部分に現れる。
異形の剣士と化したリザリーの剣技は烈々としたものであった。今までの動きをはるかに凌駕し敵を圧倒していく。そしてついには二体の魔神の内、主に槍を使っていた魔神を見事に葬った。
激高したもう一体の魔法を得意とする魔神が、リザリーへ仲間の弔いとばかりに猛攻を仕掛けてくる。力を使い果たしてしまったのか、リザリーの動きは精彩を欠いていた。
再びピンチが訪れた時、またもやナスカの指輪が喋り出す。その言葉に従って、先ほどとは別の呪文を唱えるナスカ。
今度は緑色の光が放たれ、剣士リザリーを包み込む。そうすると彼女の鎧の一部と化していたガッツェルが肥大化し始め、やがてはリザリーを飲み込んでしまった。
そしてこれまた先ほどまでとは違う、更なる異形の姿となったガッツェル。リザリーは魔神の額の上あたりに小さく顔だけが現れた。
彼は、迫りくる魔神をはるかに超える魔法を放ち、これを撃退する。
とりあえず窮地は脱したものの、三人は意外過ぎる展開に言葉を失うのであった。
美人で腕は立つが、傲慢極まりない女剣士。彼女と一体化している醜いが紳士的でユーモアのある魔神。そして彼らと深い因縁に結ばれたヘタレ巫女。三人が自らのルーツに隠された秘密を探求するハチャメチャ道中譚、今ここに開幕!




