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■ 毒世界

【近未来。地価は異常な高騰を見せ、金持ちは地上で暮らし、庶民は地下での生活を余儀なくされる。だが数世紀後、思いもよらない異変が……】


両耳が尖った頭巾のような、口の部分まで覆われたヘルメット。そんな風貌の者たちが、地上に溢れていた。皆、そろって天を仰いでいる。


彼らの見つめる空は灰色に染まり、雲は嫌な紫色をしていた。


*******************


いつの頃からか、地球上の全ての場所で地価が異常な高騰をみせた。都会ばかりでなく、郊外も例外ではない。庶民は急速に住む場所をおわれていった。持ち家など夢のまた夢である。


やがて庶民は、地下へと追いやられた。最初は単に地下一階、二階という風であったが、やがて小さな地下都市が作られ、百年も経たない内に労働者階級の多くは隔離された地下で暮らす事となる。地上で生活できるのは、金持ちとその使用人、また金持ち相手の業者くらいであった。


地上の人口は一気に減少し、金持ちたちは悠々たる広さを満喫する。そして自らの暮らしが作り出した毒素を、そのまま地下へと廃棄するようになった。


おかげで地下世界には毒素が蔓延したが、庶民は金持ちには逆らえない。なにせ生きる糧としての仕事自体を、金持ちに依存しているからだ。


毒素のために、地下世界の住人たちはヘルメットのような防毒マスクなしには屋外(と言っても地下ではあるが)を歩けなくなった。そのマスクを被った格好が両耳のとがった動物に見える事から、地上人たちは地底人たちをまるで動物のように蔑んだ。


そんな時代が何世紀か続いたある時、地上に静かな異変が起こる。


大気や海水中に、毒素が少しずつ検出され始めたのだ。調べてみると、地下の毒素が漏れ出しているらしい。毒素は瞬く間に地上へと蔓延していく。汚れた大気は天を灰色の大気で満たし、空に浮かぶ雲は吐き気のするような紫色になった。


地上の科学者たちは、この異変を次のように分析した。地下に流した毒素が飽和状態を迎え、地上に漏れ出してきた結果であると。


困ったのは地上の金持ち連中である。この世の春を満喫し続けていた地上人には、毒素に対する耐性もなければ防除する技術もない。そんなものは、必要なかったからである。


そこで、ある政治家が提案する。


「このままでは地上は毒素に占領され、我らは程なく滅亡してしまうだろう。


誠に遺憾ではあるが、一時的にでも地下へと移住しては?


そこには地底人たちが育んだ”毒と生きていくシステム”が、既に構築されている」


地上の楽園から毒素地獄の地底へ移住する事に反対する者もいたが、背に腹は代えられない。このままいけば、地上人が全滅の憂き目を見るのは間違いない。


だが、ここで一つ大きな課題がもちあがった。


それぞれの世界で発展した地上人と地底人の数は、ほぼ同数。地上人が地下へと赴けば、完全に地下のキャパシティをオーバーしてしまう。


そこで地上人は持てる武力の全てを投入して、地底人たちを地上へと追いやった。逆らえば皆殺しにすると脅しをかけて……。


地上人と地底人がすっかり入れ替わった時、地上人が夢にも思わなかった大逆転劇が始まる。


突如、地下都市の周りの岩盤に、特殊な樹脂が数キロメートルにもわたって流し込まれたのだ。樹脂は岩盤と化学反応を起こし、核爆弾でも壊せないほどの強度を作り出した。地下都市は、いわば分厚い”皮”に覆われてしまったのだ。泡状である樹脂の気泡が換気口を通じ、かろうじて地上の空気を地下へと運んでくる。


「なんだ、なにが起こった!」


地底の虜となった地上人たちが叫ぶ。すると、地下都市中に設置されたスピーカーから声が流れて来た。


「金持ちの地上の諸君。いや、新たな地底の住人というべきかな。君たちは、まんまと我々地底人の策略にはまったのだよ」


驚く金持ちたちに、冷淡な声は更に事情を説明する。


「地上で検知された毒素。これは我々が流したものだ。長年、毒の中で生きていた我々にとって、強力な毒素を作るなんて朝飯前なのさ」


「何? ではこの騒動は、お前たちの自作自演だったというのか!?」


地底移住を提言した政治家が叫ぶ。


「そうだ。我々には武力がない。また人口も地底と地上では変わらない。腕力をもって、我らが解放される術はなかった。


まぁ、お前たちが、そういうシステムを作り上げたんだがな。


そこで、我らは考えた。


”地上人の方から、地下へやってくる”手立てはないものかとね。


我らが企ての結果、お前たちは予想通り、自分たちさえ助かれば良いとばかり、我々を地上へ追い出し、自らは地下の鳥かごの中へと入っていった」


スピーカーの声が、勝ち誇ったように響く。


「で、でも、地上に出たお前たちだって只では済まぬぞ。地上は今や毒素に満たされているが、上には毒素を無効化する術がない。


いくらお前たちが毒に精通していると言っても、全滅する前に毒素を無効化する事は不可能なはずだ」


今度は地上人の科学者が、一矢報いようと食い下がる。


「ははっ、ご心配なく。


あなたの言う通り、我々は毒素のプロフェッショナルだ。毒と共に、生きてきたわけだからな。


で、地上に撒いた毒素だがな。あれは、あと数ヶ月もすれば自然に無毒化する。そういう特性を持った毒をバラ撒いたんだ。それくらいの期間ならば、我らが携えてきた防毒マスクや地上の簡易設備だけで乗り切れるさ」


スピーカーの声が、不敵に笑う。


”騙された。完全に騙された!”


地上人たちは、地団駄を踏んで悔しがった。


「地下都市の周りは、強固な壁で取り囲んだ。そこにある設備やお前たちが持ち込んだ武装では、地上への脱出は絶対に不可能だよ」


「なにを!

 

我々だってバカじゃない。お前らに出来た事が、出来ないはずはない。


いつの日か必ずや、地上に戻り復讐してやるぞ」


地上人たちは、怨嗟の声をあげる。


「そうか、では頑張ってくれたまえ。


あぁ、そうそう。念のために言っておくが、我々の研究資料や設備は完膚なきまでに破壊してあるからな。もちろん、毒に対応する装置なども、当座のものを除き、全て使い物にならなくしてある」


スピーカの声に、科学者たちが真っ先に青くなった。


地下に蔓延する毒を無効化し、地上への活路を開くには最低でも何十年か掛かるだろう。だが毒に対応する手段がないとなると、彼らの命は、もってあと数年である事を、科学者たちは瞬時に理解したのである。


「ま、まて。


お前たちは地上人に復讐したつもりでいるかも知れないが、ここには我らに仕えている地底人もいるぞ。それにお前たちに仇を成したわけでもない子供らもいる。彼らすら、犠牲にするつもりなのか!?」


政治家が、最後のあがきを見せる。


「ふん。お前たちに尻尾を振った時点で、もう我らの仲間ではないわ。それに子供と言っても、我らの子供の多くが毒で苦しんでいる中、地上で安穏と過ごしていた存在ではないか。気に留める事もない。


――残酷な、と思うだろう。否定はしないさ。


だがな、何世紀も毒の中で暮らす内に、我らの心も”毒”に染まってしまったんだよ。


結果的には、全てお前らがもたらしたものであるというわけだがな」


「そ……、そんな」


地上人の心は、地底人の悪意という名の毒で、急速に侵されていく。


地上人の捕らわれた鳥かごは、やがてそのまま彼らの棺桶となるだろう。男も女も、子供も年寄りも、微塵も区別される事なく。


********************


「リーダー、本当にこれで良かったのでしょうか。


やはり地上人の所で働いていた我らの仲間や、地上人の子供たちだけでも助けてあげる事は……」


腹心の部下が、かつての支配者に引導を渡した地底人のリーダーへと語り掛ける。


「気持ちは、わからんでもない。だが、もし彼らの救出が計画の中に入っていれば、秘密は必ず漏れて企ては失敗しただろう。


奴らにも言ったように、私の心は毒に侵されている。だから仲間や連中の子供を、平気で死へと追いやる選択肢を取れた」


リーダーが、未だ灰色に満たされている空を見上げた。


「だがな。連中のように存在そのものが毒のような奴らには、こちらも毒をもって対抗しなければいけなかったと私は信じている。


まぁ、数か月後にはこの星の大気もまた清浄に戻るだろう。それが我らの心に巣くった毒を、洗い流してくれると信じようじゃないか」


”もし、私の所業を神が許さぬというのなら、私は地獄で彼らと再会するだろう。その時は……”


不本意ながらも大量虐殺者となったリーダーは、復興センターと名付けられた建物へと踵を返す。


頭上には、紫色の雲が静かに漂っていた。



【終わり】

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気楽イラスト820のキャプション

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