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■ 人生逆行の勇者譚

盗賊に襲われた村を、決死の覚悟で救った人間の中年とエルフの若女。彼らが村の長老の部屋で語った事実と、それを超えた更なる真実とは……。

その男と女の活躍で村は救われた。


優良な鉱脈のある村を狙う盗賊たちが奸計をめぐらし、村を孤立させた上での襲撃が行われたのは三日前の事。策略により村を守る冒険者たちが去った後の凶行であった。


本来ならば村は手もなく盗賊たちに蹂躙され、村人は皆殺しの憂き目にあっていたであろう。だが一週間前にふらりと村を訪れた五十がらみの人間の男と、二十代半ばに見えるエルフの女が獅子奮迅の活躍を見せ、盗賊たちを全滅させたのだ。


それは正に命を懸けた戦いであった。村人たちは大いに喜び感謝したものの、縁もゆかりもない村のためにそこまで尽くした二人に対して、少なからず疑念を抱く者もいた。


勝利の祝宴の後、二人は村の長老の部屋に招かれ、三人きりで宴の続きを催していた。


「本当にありがとう。あなたがたは、村の恩人じゃ。いや、恩人などという言葉では全く足りないほど世話になった」


齢九十に迫ろうという長老が礼を述べる。


「いえ、困った時はお互い様です」


ひげ面の五十男が、遠慮がちに言った。


「ワシも若い頃は冒険者としてならしたものだが、年の上にこの体じゃ。


連中の策に、まんまとはまってしまったわい」


そう笑って右手でひげをなでつける長老には、左腕と右目が欠けていた。


この老人、若い時分に体の二つの部位を失くしたものの、過酷な努力の末に欠点を補い余りあるほどの力を身につけた。そして、Aランク冒険者の名をほしいままにしていたのだった。もし全てが充足していたならば、Sランク間違いなしと言われるほどの手練れであった。


「おふた方。まぁ、年寄りの昔話に付き合ってくれ」


わけありな空気を醸し出した長老は、男と女に酒をつぐ。


「ワシは、若いころ冒険者をしておってな。パーティーには、必ずワシの幼馴染の男がおったものじゃ。もうこれ以上ないというほど息がぴったりと合っていて、向かうところ敵なしと大層な評判をとったもんじゃよ」


長老が、遠くをのぞむような目つきで話しだす。その時、男の眉が、かすかに動いたように見えた。


「じゃがある時、予想外の難敵にぶつかってな。何とか退治はしたものの、パーティーで生き残ったのは、ワシと幼馴染みの二人だけ。しかもワシは、御覧の有様と相成ったわけじゃ」


長老の左の袖が、かすかに揺れる。


「そういう結果になったのは、誰のせいでもない。運が悪かったとしか言いようがないのじゃ。しかし深手を負いながらも五体満足で生き残ったワシの幼馴染は、そうは思わなんだ。


自らの浅はかさと油断が招いた結果だと言い張ってな。誰も奴を責める事はなかったが、それでも責任を感じてか、ワシの健康に目途がたった頃、どこへともなく消えてしまったんじゃよ。


あれからもう、七十年近くの時が過ぎておる。今頃、どこでどうしておるのやら……」


長老は意味ありげな表情で、男の方へと目をやった。男はただ、沈黙するばかりである。


「ワシがなぜ、こんな話をしたのかわかるかの?


……それは、お前さんの顔じゃ。


お前さんの顔には、その幼馴染の面影がある。


もちろん奴が生きていれば、ワシと同い年じゃから、お前さんが奴であるはずはないが、もしや……と思って、余人を介さぬこの場所へ、おふたりを招き入れたわけなのじゃよ」


長老は、自らの酒をグイと飲みほした。


しばし沈黙の後、男はゆっくりと口を開く。


「そうですか。既にお見通しだったとは……。


如何にも私は、あなたの幼馴染であるガバンダン・ゾッケルの息子です」


その言葉を聞いた長老の顔が、パッと明るくなった。


「おお、やはり! お前さんの年からすると、かなり遅く生まれたお子なのじゃろうな」


長老の言葉に、


「えぇ、父が四十の時の子供です。仰るように父は長い間苦しみ、放浪の末に母と巡りあって私を設けました。


父は既に亡くなりましたが、父の遺言である”幼馴染への贖罪を代わりに果たしてくれ”との言葉に従い、はせ参じた次第です」


と、彼は”うそ”をついた。


「そうか、そうか。奴はもう鬼籍に入ってしまったか。


じゃが息子ならば、奴の人生の一端くらいは聞いておるじゃろう。


出来ればワシに、話してはくれんかの」


男は長老の願いを快く受け入れ、父の半生を語って聞かせた。傍らで女が、悲しげに目を伏せる。


一か月後、村の復興に目途がたった頃、ガバンダンの息子と称した男と女は村を後にした。


「心残りは消えた? ガバンダン」


女は、長老の幼馴染の名で男を呼ぶ。


立ち止まり天を仰いだガバンダンその人は、


「消えるわけないさ。だけど、少しは心が軽くなったよ。”エルフの時の神”には、感謝の念しかない」


と、今も天上から見守っているであろう神に礼を述べた。


エルフの女は、二十年前の出来事を思い出す。


当時、七十の坂を超えんとしていたガバンダンは、訳あってエルフの里にいた。そこでエルフの里が崩壊するほどの凶事に出会い、ガバンダンは死を覚悟してエルフたちと協力し、その尽力のおかげで里は救われたのである。


その里の守護神である”時間を司る神”は、ガバンダンに礼をしたいと申し出た。


「では……。あなたは時の神だ。私を若返らせてくれませんか」


老ガバンダンは、神に願う。


『若返って、何をする?』


神が問うた。


「私の人生は後悔ばかりのものでした。そして今、人生の終わりを迎える年となってしまった。


その後悔を取り戻したい。


そのためには、若い肉体と時間が必要です」


ガバンダンは、正直に神へと申し出る。


神は、しばし考え込んだ後、


『たとえば、お前を今すぐ二十歳の若さに戻す事はできる。……しかし』


神の言葉に、一抹の不安を覚えるガバンダン。


『もしそれをすれば、お前はたちまち死んでしまうだろう。急激な変化は、人間であるお前の体を破壊してしまう』


失望の色を隠せないガバンダンに、神は二の句を継ぐ。


『じゃが、少しずつ若返らせる事はできる。それならば、肉体も耐えるられるであろう』


「少しずつ若返らせる?


それは、どういう意味でしょうか?」


神の意外な申し出に、ガバンダンは戸惑った。


『うむ、言葉通りの意味だ。


今から一年たてば、お前は一歳若返る。十年たてば十歳若返るという事であるよ』


ガバンダンは混乱したが、


「では私は現在七十歳ですから、五十年たてば二十歳の若さに戻れるという事でしょうか?」


と、神に問いかける。


『そうだ。だが、その先がある。


お前の若返りは二十歳では止まらない。その後も若返り続け、十歳になり五歳になり、ついには赤ん坊となり……』


ガバンダンは、息をのみながら最後の言葉を待った。


『……消えてしまうのだ』


「それでも、結構です」


ガバンダンは、即答した。


『本当に、良いのであるか?


子供になるという事は、自分一人で生きるのは不可能になるという事じゃ。


理解ある協力者を得ねば、生きていく事かなうまい』


確かに神の言う通りであった。


弱肉強食の時代。子供が一人で生きていくのは不可能であり、赤子に戻るのを待つ事もなく、悲惨な最期を迎えるのは目に見えている。


「はい。私はそれでもやりたい事が、やらなければならない事が山ほどあります!」


迷いなく返答するガバンダンの傍らにいたエルフの女が、初めて神に対してその口を開く。


「ならば、私が生涯、彼に付き添いましょう。長命であるエルフ族ならば、造作もない事。


里を救ってくれた恩人に、時には孫として、娘として、妹として、姉として、そして最後には母として付き従いましょうぞ」


ガバンダンと女の決意が固いと知った神は、彼の願いを聞き入れた。


その日から、ガバンダンの逆行の人生が始まったのだ。


「ガバンダン、次は何処へ行く?」


彼の義理の娘という触れ込みの女が、男の顔を覗き込む。


「そうだな。エルフの里の情報によれば……」


後悔の念をぬぐうため、男と女は新たな冒険へと旅立った。


異色の人生逆行冒険譚。ここに開幕!

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気楽イラスト816 キャプション



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