第94話 ドン引き
アーナス夫人が王都へ旅立って三週間が経った。
タカシは精力的に農地改革、魔の森防衛線構築、神聖魔法の研究を行っていた。幹部や辺境騎士団の皆が親身になってタカシを支え、忙しいながらも充実した日々を過ごしていた。
一息つこうと拠点に戻ったタカシは、玄関ドアを開けて数歩進んだところで違和感を覚えた。奥の大きなテーブルには、レインを挟んでシャロンとキーシャの三人が座っていた。タカシはトラブルを直感したが、雰囲気を明るくしようとおどけた表情を作った。気づいたシャロンとキーシャがタカシを見る。その目を見て、タカシはおどけた表情を消し、真剣な顔になった。
「何があった?」
「レインから、タカシ様とギアス契約をしたいと相談を受けました」
タカシは拍子抜けした。二人の表情から深刻なトラブルかと考えていたが、タカシにはギアスへの禁忌的感情はすでになく、魔法を使えるレインとギアス契約できるのは願ってもないことだと思った。レインが騎士になることで、正規騎士団とタカシの辺境騎士団のどちらがディオスの主力かわからなくなるなと考え、思わず笑みが浮かんだ。
下を向いていたレインがゆっくり顔を上げた。タカシはその顔を見てどん引きした。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、目も鼻も真っ赤になっていた。
「どうした?無理にギアス契約しなくていいんだぞ?」
「タカシ様は私を必要としていない、邪魔だと思っている」
「どうしてそんなことに……。レインは魔法も使えるしギルドマスターの経験もある。ディオス領にも詳しいのに、必要ないと考えたことなど一度もない」
「魔法の練習に来てくれないじゃないですか?」
「ああ……それは、本当に忙しくて……」
タカシは魔法の練習をさぼりがちになっていた。参加しても疲れでまともに話を聞いていなかった。以前はそれでもレインとのスキンシップを楽しんでいたが、それすら最近はなくなり、わざと遅れて行くことやすっぽかすことすらあった。
「アーナス様に何か言われたんでしょ……。私はアーナス様に嫌われているから……」
「え?何も言われていないし、なぜここでアーナス夫人の名前が出るかわからない」
タカシは咄嗟にシャロンとキーシャの顔を見たが、二人はタカシから目を逸らした。
(どういうことだ?)タカシは困惑してレインを見た。レインは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま、タカシに強い疑惑の眼差しを向けていた。タカシは再度どん引きした。
「知らないなんて嘘!!私がディオス男爵の愛人だったことは、領民全員が知っている」
(えっ!?!?)
タカシは驚き、再びシャロンとキーシャを見たが、二人は目を合わせない。タカシ以外には周知の事実だと悟った。
「俺は本当に知らなかったし、アーナス夫人から何も言われていない。夫人はディオス領の再建に忙しく、気にしていないと思うぞ」
レインは信用していないようで、じっとタカシを睨んでいる。
「タカシ様!私を捨てようと、売ろうとしているでしょ?」
「まさか!そんなこと一度も思ったことはない。ギアス契約すると聞いて嬉しかったくらいだ」
レインはしばらくタカシを凝視し、うつむいて考えた。
「タカシ様、私と今すぐギアス契約をしてください」
「ああ、喜んでしよう」タカシは複雑な気持ちを抱えながら了承するのであった。
二人はすぐに教会へ行き、セシリアによってギアス契約が行われた。
ハチヤ村に戻ると、レインの希望でタカシと同じ家への引っ越しが決まった。キーシャとレインは荷物を取りに行き、シャロンはレイン受け入れのために倉庫として使っていた部屋を片付け始めた。タカシはこの隙に、なぜレインがあれほど取り乱したのかをシャロンに聞いた。
「レインは、タカシ様が魔法を使えるようにならなかったことに責任を感じていたようです。タカシ様が真面目に魔法の勉強をしなくなり、参加も休みがちになった。そこで自分は見切りをつけられたと感じたそうです。レインと同居していた元冒険者たちはホープと王都に行き、家にはレインだけになったのも追い討ちをかけました。相談相手もなく孤立して、過去の出来事から疑心暗鬼になったみたいです。キーシャと一緒になだめましたが、本当に頑なで……」
タカシは、レインが自分の倍ほどの年齢だと認識していた。そのレインが号泣し、感情的に言いがかりをつけてくる姿にどん引きした。寂しさが一因だったようだが、何歳になっても女は女ということかと妙に納得した。しかし、レインを身勝手に何度も抱いたのは自分だと気づき、(まあ、ああいうところも可愛いしな)と折り合いをつけるのであった。




