第65話 混沌
メイドのイーアスへの指示を出し終え、アーナスは娘を見つめた。そんな母親を見てティアーナは、説教が待っていると動揺するのであった。
「ティアーナ、あなたは将来をどのように考えているの?」
「お母様、こんな時にお見合いの話なんて……もう少し待ってください。必ず選びます……」
「あなたは状況がわかっていないのではなくて?多くのお見合いの話が来ていたわよね。容姿端麗で女性に人気が高い侯爵家の三男や、魔法の才能に秀でた伯爵家の五男……他にも素敵な方からの縁談、あれらは全て白紙になったわ」
ティアーナは絶句して言葉を失った。
「次期王の剣として旦那様は出世が約束されていたから、あなたには良縁の見合い話が多く入ってきたのよ。でも今回の敗戦で、第一王子ライザス殿下の次期国王の内定が取り消しになったわ。当然、お見合いも取り消しよ」
長い沈黙の後、ティアーナは大きなため息をついた。そして意を決して母親に宣言した。
「私も貴族の娘です!どのような相手でも受け入れて結婚し、旦那様と一緒にディオス領を支えます!」
しかしアーナスは悲しそうな顔で首を横に振った。
「まだわからない、わからないけど……。ディオス領ができて、たった十五年よ。そのディオス領の当主は戦死し、嫡男もいない。領地は荒れ、領民を戦争で多く失い、魔物の侵食を防ぎきれない。今のままだと、ディオス領は戦争の功労者への恩賞として与えられる可能性があるわ。王国からディオス領はなくなり、新たな領主の名前になる……。戦争で大きな成果をあげる若い人は稀よ、多くは中年以上の既婚者だから、あなたは第二夫人になるか、他の家に嫁ぐことになる……かもしれない……」
思いもしない状況に頭を抱えるティアーナであった。
「あなたはどうしたいの?状況は良くないけど、可能な限り母親として協力するわ」
領主の娘として婿を誰にするか考えていたのが、いきなり全てが白紙になり嫁ぎ先を探す話になっていた。どうしたいと聞かれても、すぐには考えることもできなかった。
「学園で気が合う先輩がいるって言ってたじゃない?その方に嫁ぐのはどうなの?領主から身分は落ちるけど、気が合うならそういう幸せもあっていいと思うわ。例え相手が平民でも、騎士でいいなら叙勲できるように動いてみるわよ」
娘を思い、違う幸せの形もあると優しく諭すアーナスであった。
「……あの人は無理といいますか……第四王子のカーク殿下なので……」
思いもよらない名前が出て、今度はアーナスが絶句した。
「あなた……お見合いの話を先延ばしにしていたのは、カーク殿下を思ってのことじゃないわよね?」
返事をしない娘を見て、アーナスは呆れるのであった。
「ディオス家は第一王子派閥です。これはライザス殿下が王位を継げなくなっても変わりません。このような時に第二王子派閥に入れば、貴族中の謗りを受けます。いえ、それだけではありません。第一王子や公爵家、伯爵家を敵に回します。いいですか、カーク殿下の不評を買ってはいけませんが、第二王子派閥に入ったと勘違いされないように、第一王子派閥であることを公言するように!」
「これは……言うつもりはありませんでしたが……今回の敗戦の責任を旦那様に全て被せられる可能性もあります」
「それはおかしい!!」ティアーナは大声をあげてテーブルを叩いた。それを見たアーナスに、はしたないと注意を受けるのであった。
「お父様はライザス殿下の指示で後方支援に回っていたのよ、そして殿下を助け逃がすために命を落とした、お父様に責任はないわ」
「ええ……でもね、貴族とはそういうものです。旦那様は王子の剣として叙勲されたのに、守りきれなかったと考える人もいるのよ」
「ディオス家を取り巻く状況は良くありませんが、それでも娘の幸せのために応援したい、可能であれば叶えてやりたいと思います。一晩冷静に考えて、将来どうしたいか、明日教えてちょうだい。ただし、カーク殿下は駄目です。身分も立場も違いすぎます」
意気消沈して部屋を出るティアーナを見送るアーナスであったが、自分の娘がカーク殿下に思いを寄せていたのを心の底から羨ましく思い、自分の学園生活が真面目すぎたのを後悔していた。
翌朝、ティアーナは、父親が作ったディオス領を守っていきたいと母親に告げた。アーナスの予想通りではあったが、決していい顔はしなかった。
「それがどれだけ大変な選択なのか、わかっているのですか?旦那様への責任追及の声が出れば私たちでは反論できない、受け入れるしかないのですよ」
「はい、わかっています。でも、お母様はまだわからないと言っていました。望みがあるなら、ディオス領がなくなるのは我慢できないです」
「……。状況は悪いと言ったことも忘れていないでしょうね?茨の道かもしれません」
「はい」
「獣人族を見ただけで攻撃するような、身勝手な行動では実現できませんよ」
「はい、今後は軽率な行動をとりません」
「……そうですか……母としては、できれば違う選択肢を選んでほしかったのですが、仕方がないですね」
アーナスはため息混じりに本音を吐露するのであった。
「ディオス領存続のためには、決して弱みを見せてはいけません。他家から指摘されないように細心の注意を払ってください。特に第一王子派閥から抜けたと思われないように」
「はい、気をつけます」
「領地の自治運営に関しても、弱みは見せられません。領地運営ができないと判断されます。ただ、ディオス軍壊滅の痛手は隠しきれない、なかったことにされるのも困ります。生き残った兵力はどれくらいあるの?」
「騎士十二名、兵三千人ほどです」
「新たに五百人召集しますので、あなたはその兵力を連れて戦地に戻り、生き残った兵を全て領地に戻してください」
「お母様、新たに五百人の兵力をどこから集めるのでしょうか?」
「老人たちを集めます」
「なっ!老人が戦力になるとは思えません!」
「あなたは、まだ戦う気でいるのですか?リーグ殿下、カーク殿下の邪魔にならないように後方にいなさい」
大袈裟に呆れた顔を作って娘を見るアーナスであった。
「リーグ殿下には、こちらから話をつけておきます。絶対に攻撃に参加しないように!あなたが連れていった兵五百も領地に戻しなさい」
「お母様、戦場ではどのようなアクシデントがあるかわかりません、誰が老人たちを守るのでしょう」
「それでは……あなたと一緒に戦地に向かった騎士三名と兵士三十名は残しましょう。ただし、それ以外は領地に戻すように。敵に見つけられない、はるか後方に陣を置けばいいのです」
「そっ、そんな……それでは戦場にいる意味がない」
「戦争に参加するために戦地に兵力を置くのではありません!ディオス家の名誉のために、最後まで見届けるために戦地に留まるのです。あなたは、もう目的を忘れたのですか?」
「いえ、忘れてはいません……」
アーナスは、明らかに納得できていない娘を見て厳しく睨んだ。
「ティアーナ、あなたはディオス領を存続させたい、自分が守りたいと言ったわよね?覚悟がないのなら止めなさい。まだまだ問題は山積みなのよ」
「……すみません」
「どうするのですか?戦場では多くの領民が亡くなってもいるのです。この程度のことを受け入れできないようなら諦めなさい。甘えは許されませんよ」
「すみません」
「わかればいいです。それと私は、あと一ヶ月で男子を産みます」
「へっ!」ティアーナは驚きすぎて変な声を出し、口を手で塞いだ。
「当然、妊娠していませんし出産は嘘ですが、嫡男が生まれれば状況も変わるかもしれません」
「そんなことが許されるのですか?」
「許されません。露呈すれば罰を受けますが、貴族の中では無い話でもありません。あなたが選んだのは困難な道のりです、手段を選ぶことはできない。怖くなったのならディオス領を継ぐのを諦めますか?」
「……いえ、怖くないです」
ティアーナが戦地に残ってディオス領の気概を見せ、アーナスが戻ってきた領民を使って領地の再建を行う。大まかな作戦はそのようなものだったが、最大の問題点は資金難だった。今の娘に言っても意味がないと判断し、黙っているアーナスであった。




