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第64話 アーナスの悩み


気持ちのいい晴天、雲の影が走るように過ぎ去る。平原を渡る風も心地よく、ピクニックや昼寝をしたいと思わせる天気だ。


セルマは新たに入った獣人族二十四名を連れて、草原で陣形を組む訓練を行っていた。


セルマの横には、ショートヘアの猫人族のルカが補佐をしている。ルカはクールな美男子を思わせる容姿だ。奴隷商では杭に繋がれて死にかけていたが、順調に回復した。セルマはタカシとシャロンに、獣人族二十四名の中で目立つ存在を聞いた。その時、七名の名前が挙げられた中の一人で、二人からは何をやらせてもそつなくこなすとの評価だった。セルマが話した感触では、頭が良く性格に少し癖があるが、芯が強い印象だ。補佐への打診は暫定的なもので、最終的には四人まで増える可能性もあると説明してルカを説得したのだった。


ルカはセルマの指示を復唱し、徹底する役目に留めていた。目立ちすぎても良くない、様子を見ながら少しずつ慣れていこうと考えていた。


「それにしても、風が気持ちいい」


ルカは空を見上げ、前髪をかき上げて周りの草原を眺めた。


その時、小高い丘の上に二騎の騎馬を見つけた。相手もちょうど気づいたようで、こちらに向いて動きを止めた。次の瞬間、二騎は真っ直ぐこちらに向かって疾走してきた。


「隊長、騎馬が来ます!」


セルマがルカの視線の方を振り向くと、騎兵の二人が魔法詠唱を行っていた。


「散開しろーーー!!」セルマは大声で命令を放った。「貴族だ、絶対に手を出すな」ルカに命令し、一騎で駆ける。魔法はセルマを飛び越え後ろで着弾し、爆音と悲鳴が聞こえた。


騎兵は二人とも少女で、一人は赤毛の長髪だった。セルマは赤毛の少女に向かって大声で呼びかけた。


「ティアーナ様とお見受けする、我々は怪しい者ではありません。攻撃を止めてください」


「嘘をつくな!なぜ大勢の獣人を連れている」


ティアーナは抜刀し、セルマに切りかかる。セルマはティアーナが持っている剣の逆側に回り剣撃をかわす。ティアーナの剣は速いが、セルマの方が戦い慣れていて実力を出し切れない。


もう一人の少女が、ティアーナとセルマを挟むように回り込もうと馬を操る。セルマは挟まれないようにティアーナを中心に回る。


(できれば剣を抜きたくないが、馬をぶつけて落馬させることもできない!)


「私は冒険者のセルマ!アーナス男爵夫人の依頼でディオス領の治安維持を行っています。男爵夫人にご確認を!」


「お母様が、獣人を領地に入れるわけがないだろ!!」


ティアーナは、剣の逆側に位置を取るセルマを、不自然な体勢になりながらも切りかかる。


「戦時中です、どこも戦力不足です。苦渋の決断だったと考えます」


二人の馬術はセルマの足元にも及ばず、完全に翻弄されていた。


「獣人たちは皆奴隷です。ディオス領のために使っています」


セルマの発言を聞き、もう一人の栗毛の少女が獣人族を見た。


「ティアーナ、首輪が見える。本当に奴隷のようです」


ティアーナは獣人族を一瞥し、奴隷の首輪を確認して剣を鞘に戻した。


「お母様が許可を出したというのは本当だろうな?嘘だったら、ただではおかない」


「もちろん本当です」


セルマはほっとして馬を止めたが、ティアーナはすでに「屋敷に戻る」と栗毛の少女に声をかけ、去っていった。


ディオス領主邸の自室で休んでいるアーナスのドアが叩かれた。その音だけですでに怒っているのがわかり、アーナスの眉間にしわが寄る。


「お母様!なぜディオス領に獣人がいるのですか!お父様は、獣人族に殺されたのですよ」


「獣人奴隷を国内に招き入れたのは、第一王子ライザス殿下です」


アーナスは娘の怒りなど気にしていないかのように、優雅にお茶を飲む。


「あなたが民兵五百人を連れて戦場に向かったのです、その間誰が領地と領民を守るのですか」


「それは……お母様も納得してくれたじゃないですか?」


「必要だと考え許可しました。それと同じです。必要だと考え獣人族を領地に入れたのです」


領民を守る代案が思い浮かばず、返す言葉もなくうつむくティアーナだった。


「獣人族は領地を守っているのです。必要もなく厳しく接することを禁止します」


魔法攻撃をしてしまったティアーナは、あからさまに動揺した。


「あなた、何かやったのですか?」


「えっ……敵兵が入り込んでいると勘違いして……攻撃魔法を……」


あまりの呆れ具合に言葉も出ず、娘を睨むアーナスであった。


「直撃はしていないので、生きているはずです」


アーナスはベルを鳴らしてメイドのイーアスを呼んだ。イーアスに、教会のリオンを連れて冒険者が拠点にしている村に行き、怪我人がいれば治癒魔法で治療するよう指示を出した。そして、娘が誤って攻撃したことをアーナスが謝罪していたと伝えるようにも命じた。


ティアーナは、奴隷のことで貴族が謝罪まで必要なのかと驚くのであった。


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