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第62話 涙の後にあるもの


大きな屋敷の割に使用人が少なく、いつも静かな領主邸だが、今は空気が凍りついたような静けさに包まれていた。


ディオス男爵夫人アーナスのテーブルを挟んで前に座っているのは、彼女の一人娘ティアーナだ。二人の顔はあまり似ていない。ティアーナは父親に似ていて赤毛で目力が強く、気の強そうな雰囲気があった。


「……前情報は、正しかったということね」


「遺品すら……見つからなかった……」


ディオス男爵の死を告げられても、アーナスに動揺はなかった。そんな母親を見つめるティアーナであった。


「領軍が壊滅と聞いた時に覚悟していたわ。あの人は民を置いて逃げる人ではないから……」


アーナスは、娘の疑問に答えるように理由を説明した。


「戦争が、こんなに残酷なものだとは……初めて知った……。本陣は全滅、主だった者は……誰も……」


ティアーナの頬に一筋の涙が流れた。アーナスは静かに立ち上がって娘の横に座り、娘の顔を優しく抱き寄せた。ティアーナは母親の胸で号泣した。涙をこらえていたわけではなかったが、戦場ではなぜか涙が出なかった。しかし今は涙が止まらない。アーナスもまた、静かに泣くのであった。


戦況などの続きは、後日ということになった。ティアーナはまだ十五歳の学生だ。それがいきなり父親や仲の良かった者を多く亡くしたのだから、精神的なダメージを考えれば、亡くなった人を偲ぶ時間が必要だった。


アーナスは娘から話を聞く前に、大まかな情報を得ていた。情報元は実兄の第三王子ルーシェからだ。アーナスは、無謀にも戦場に向かった娘のために兄に支援を懇願していた。第三王子ルーシェは戦争の情報収集を行っていたため、妹の依頼は渡りに船だった。二人の間では頻繁に情報のやり取りがされていた。


二人の母親である第三王妃は、商業都市の姫だが、彼女が王国に迎え入れられた事情は少し変わっていた。当初王国は、急速に力をつけてきた帝国から第一王妃を迎え入れ、帝国との信頼構築を狙った。だが生まれてきた子は女子が三人続いた。男子しか王位を継げないため業を煮やした王国は、付き合いの長い隣国から第二王妃を迎え入れた。そうすると第一王妃が第一王子ライザスを産み、追いかけるように第二王妃も第二王子リーグを産んだ。王国は王位継承争いを警戒し、遠方にある商業都市から第三王妃を迎え入れた。遠方で武力の後ろ盾のない第三王妃が、二人の王妃のいい牽制になると考えたからだ。


そんな経緯から、第三王妃の子である第三王子ルーシェには後ろ盾となってくれる有力貴族がいない。王位継承権三位だが、当初から王位を継ぐとは考えて育てられていない。ルーシェは宰相を目指して勉学に励み、人脈を作っていた。そんな境遇と努力の甲斐もあり、頭角を現していた。


第一王子ライザスは、目立って優れた点がない凡人という評価だった。しかし王国にとって欠点がない、それだけで十分であった。王国はライザスの結婚を機に次期国王への内定を決め、国王になる準備が進められた。元々後ろ盾についていた伯爵以外に、新たに公爵が後ろ盾についた。次期国王になるライザスの王の剣として、当時人気の高かったSクラス冒険者ディオスが選ばれ、英雄譚と共に第三王妃の娘アーナスを嫁がせ、領地持ちの貴族に叙勲された。


全てが順調と思われた。しかしライザスは、自分で何かを成し遂げたかった。そんな中、虎人族長ガリウスから、氏族長候補のライバルである猫人族長ミオーネを蹴落とす策略への誘いがあった。獣人族内部からの手引きで、虎人族長ガリウスのライバルにあたる部族、最低二部族、最大五部族を殲滅する作戦だった。当初は罠を警戒したが、虎人族長ガリウスから提供された情報は確かなもので、犬人族と猫人族の村々の正確な地図が渡されたことで、ライザスは信用した。


ライザスは、輝かしい勝利と大量の獣人奴隷確保を確信した。自分が国王になった後も続く、奴隷の労働力と人頭税。完璧な作戦に感じた。


そして、失敗した。王国内では貴族たちが、蜂の巣をつついたように一斉に騒ぎ立てた。どのような理由であれ、始めてしまった戦争は終わらせなければいけない。国王は、第二王妃の息子二人、第二王子リーグと第四王子カークに獣人族討伐を命じた。それは、第一王子ライザスの次期国王への内定取り消しを意味していた。


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