第40話 ディオス男爵領
タカシが辺境の男爵領からの依頼を受けた理由は、アジトにできる家を借りられること、安定した長期依頼であること、そして男爵家が協力的であること、の三つだった。一瞬、奴隷商サイロンの「貴族には関わるな」という声が聞こえたような気がしたが、タカシは無視した。王都では獣人への不満が高まっており、獣人族と戦争をしている以上、すぐに状況が改善するとはタカシには思えなかった。収入が減っていることも問題だった。早く拠点となるアジトを見つけたいという焦りが、タカシを突き動かしていた。
男爵領へ行くメンバーは前回と同じ、タカシ、セルマ、ミオ、メグだ。今回はミオとメグも馬に乗っている。まだ慣れていないようだが、男爵領に着くまでには慣れるだろうと考えていた。男爵領へは片道一週間という長旅だ。途中いくつかの町を素通りし、野宿をしながら男爵領を目指した。馬を飛ばしたわけではなかったが、結果として到着は二日短縮でき、五日で着いた。
田舎の都市だからか、町全体が静かな気がした。それでも、数名が獣人奴隷を見て驚いていたので、ミオとメグはフードを深くかぶった。男爵領ディオスに着いてすぐに冒険者ギルドに寄ったが、ドアには鍵がかかっており、入ることができなかった。不思議に思いながら、タカシは領主の館へ向かった。こちらも、どこか静かで人がいる気配がしない。
館は柵でぐるりと囲まれ、正面には大きな扉があった。門番のような人はいないため、タカシは勝手に中へ入り、玄関のドアノッカーを叩いた。中から出てきたのは、目つきの悪いメイドだった。冒険者ギルドの依頼を受けてきたと伝えると、タカシだけが館内の応接間に通された。貴族の館に出入りした経験はないが、館内は妙に静かだ。明かりも少なく足音が響き、暗く陰気な雰囲気だった。
すぐにメイドが男爵夫人と一緒に戻ってきた。男爵夫人は驚くほど白い肌の美人で、黒のドレスをまとっていた。男爵夫人が挨拶をし、椅子に座る。タカシは椅子に座ったまま挨拶を返してしまい、無礼だったと焦った。男爵夫人は気にしている様子もなく気さくに会話を続ける。声は透き通っていてよく聞こえ、どこか艶っぽくもあった。
「それで、あなたが依頼を受けてくれるの?」
「そのつもりですが、とても危険な依頼と伺っており、ギルドからはキャンセルもできると聞いていますので、まずは様子を見たいと考えています」
男爵夫人はタカシを一瞥し、「そう」と短く返した。そして、意を決したように話し出した。
「この領地は、夫で元Sクラス冒険者のディオス男爵が広げた土地です。今、夫は多くの領民を連れて獣人との戦争に参加しているため、防衛力が低下し、魔の森から出てくる魔物に領民が苦しんでいます。無理がない程度に間引きをしていただきたいのです」
男爵夫人はどこか奥歯に物が挟まったような、歯切れの悪い物言いをする。
「決して無理はせず、ただ間引くだけで構いませんので……それで、あなたのパーティーは強く、経験豊富なの?」
男爵夫人はタカシを直視した。タカシは「実力は十分にあると自負しております。獣人奴隷がいますが構いませんか?」と確認すると、「奴隷なら構いません。管理だけはしっかりしてください」と返された。
二人はどこか雲をつかむような会話をした後、報酬や待遇の確認を行った。ギルドで聞いていた通り、男爵夫人は協力的だ。
「空き家がいくつかありますので、依頼を受けてくださるのであれば希望にお応えします。食糧なども農作物でよければお届けしましょう」
至れり尽くせりの対応だ。さらに、男爵夫人はとんでもないことを言った。
「もし領内に気に入った娘がいましたら、多少の狼藉は目を瞑ります」
最後の言葉にタカシは驚き、何と返事していいかわからず、「ありがとうございます」と咄嗟に答えてしまった。これでは狼藉する宣言ではないか……。
その後、メイドに案内され、タカシは屋敷に部屋を用意された。セルマと獣人奴隷たちは、使用人が使っていると思われる離れの部屋だ。タカシは離れへ行き、セルマたちに男爵夫人との会話を説明した。「なぜ気に入った娘がいたら手を出していいと言われたのか」と疑問に思ったが、セルマは「タカシ様以外のパーティーメンバーが全員女性だからだと思います」と答えた。
「女性が多いパーティーは珍しいですから」
女性が多いパーティーは、男性の多い冒険者の中では異様ということか。セルマの言葉に、タカシは少し恥ずかしくなったが、開き直ることにした。




