第37話 暴動
それから二週間ほど経った頃、事件が起きた。
タカシたちは迷宮からの帰り道で罵声と悲鳴を耳にした。そこでは、数十名の男たちが道行く獣人奴隷を棒で殴ったり蹴ったりしていた。
「薄汚れた獣人どもは出ていけ!第一王子を罠にはめやがって!」
汚い罵声とともに、道行く獣人たちへの暴力が続いていた。遅れてついてきていたキーシャとコリンに、複数の男が襲いかかってきた。タカシは素早く間に入り、「逃げろ!」と怒鳴る。キャロたち獣人は、セルマに守られながら家まで走った。
タカシは家に戻るなり、「何がどうなっているんだ」と吐き捨てるように言った。震えるコリンをキーシャが抱きしめ、それをカリンが心配そうに見つめていた。タカシはシャロンが入れてくれた水を飲み、情報収集に出ようとしたが、セルマに止められた。
「タカシ様、もうすぐ日が落ちますから危険です。明日にしましょう。それに、暴漢が家に入ってくるやもしれません」
タカシは奴隷たちを見て「そうだな」と椅子に座ったが、すぐに立ち上がり、ドアに閂をかけた。夕食後、玄関ドアにテーブルを寄せてバリケードを作り、寝室で過ごした。タカシは声を抑えて話しかけたが、いつもはおしゃべりなキャロもカリンも大人しく、他の獣人たちも黙ったままだった。
翌朝、タカシは朝食後に「今日の狩りはやめる、部屋で大人しくしてくれ」と奴隷たちに指示を出し、情報収集に出た。街は昨日とは打って変わって、いつもより静かな気がした。
すぐに違和感の正体に気づく。獣人たちがいないのだ。タカシの奴隷たちと同じように外出禁止にしているのだろう。それ以外は普段と変わらないように思えたが、道に残った血痕と、木に吊るされた動かない獣人奴隷を見つけ、タカシは青ざめた。
タカシは奴隷商のサイロンに会いに行った。サイロンは、昨日の出来事は少し知っていると言った。
「獣人奴隷の一人が、いたずらをしようとした子供を殴り飛ばしたそうだ。それをたまたま見た女性が『人殺し!』と大声で叫び、一気に暴動へと膨れ上がったらしい」
「それでこんな大ごとに?うちの奴隷たちも襲われそうになっ……」
タカシは声を荒げそうになるのをどうにか押さえた。サイロンは続ける。
「元々火種はあったのさ……。獣人族の奴隷たちは奴隷教育をしていないから、各地でトラブルを起こしてな。獣人たちも納得して奴隷になった奴は一人もいない、トラブルにならないわけがない。格安なのも悪い方に出たんだよなあ。今まで奴隷を使ったことがない奴らが、奴隷教育をしていない獣人奴隷を買ったから……。まあ、兄ちゃん、気をつけな」
サイロンはそう言って話を締めくくった。
タカシは家に帰り、街の様子を話した。奴隷たちは黙り込んでいた。声が出ない、と言った方が近い。タカシはこんな状態では怖くて獣人たちを外に出せないと考え、しばらく家から出ないようにと指示を出した。タカシ自身も今日は家にいることに決めた。丸一日家にいたが、何も起きなかった。
翌日、外を見て回ったが、まるで何もなかったかのように日常に戻っていた。獣人奴隷は少ないながらも、たまに見かけた。ただ、どの獣人奴隷も怪我をしているような歩き方だった。
タカシは家に帰り、奴隷紋が入っている者たちを呼んで作戦会議を開いた。他の奴隷は寝室で待機だ。サイロンが語った奴隷が襲われる理由に、皆が絶句した。シャロンは「物価上昇や王子の敗戦も関係あるのかもしれません」と付け足した。セルマは「暴動に参加した人の中に、戦争で親族を亡くした者がいるのかもしれませんね」と言った。
「これからどうするかだ……」
意見は出なかった。タカシ自身も良い案が思いつかない。しばらく沈黙が続き、シャロンが口を開いた。
「玄関の閂を増やせませんか?」
「そうだな」とタカシは同意した。
「他に意見はないか?」
タカシはキャロとカリンに尋ねる。キャロはうーんと唸るだけだった。カリンは「フード付きのマントがあれば、獣人だと分かりにくいかもしれません」と言った。
「それいいな。購入しよう」
タカシは同意した。セルマが「タカシ様」と声をかけ、少し間を置いた。タカシは「何でもいいから言ってくれ」と促す。
「王都を出ることはできないでしょうか?」
セルマの言葉に、タカシは「さすがにそれは難しいだろう」と否定した。皆が下を向き、テーブルを凝視した。タカシは咄嗟に否定したが、深く考えれば獣人奴隷たちを守るにはそれしかないかもしれない、とセルマの意見に気持ちが傾き始めていた。
「王都から出て、住む場所はどうする?」
タカシが尋ねると、セルマは「盗賊の隠れ家など、住みかにできそうな依頼がギルドにあればいいのですが」と答えた。
「そんな都合よく……。盗賊のアジト討伐依頼はたまにあるか。あとは田舎のゴブリン退治なら、村の用心棒的な立ち位置で身を潜められるな……。昼から冒険者ギルドで依頼を探してみるか」




