198.正気の狂気
「わたしたちが最下位? えっ、どうしてこんな事になっちゃったんだろう?」
そう言って肩を落とすのはセオルゴス学園の聖人ルーアンだった。
「いや……あれはもう不正だったとしか言いようがありません」
「普通に舐めてた……わたしはエフィレちゃんのことを完全に舐めてた……」
総力戦召喚騎士大戦の順位結果はウォーチス、ガレオス、ザバルタ、セオルゴスの順で、壊滅的だったウォーチスがまさかの逆転1位に。
こうなったのは158巡目、聖人エフィレ率いるウォーチス学園の快進撃が原因だ。
「エフィレ様がオリジンに干渉して本来1体で出現するはずの敵が複数体で登場……。その上エフィレ様自身魔法のありとあらゆるものを駆使して広範囲攻撃を仕掛けるものですから、10分でも1人で800体近く倒し切ってしまいましたね……」
「む、無茶苦茶すぎる……。もはや会場をドン引きさせた順位じゃんか! 苦労したのにー。わーん」
過ぎたことは仕方がない。試験官もまさかの攻略法に頭を抱えるほどであった。その他聖人の反応はそれぞれのようで、3位になってしまったアエリナは仲間たちを呼び出しガン詰め。
2位のセリアは満足気な表情で、特に言うことはないらしい。そもそも試験すら興味がないのか、2日目終了の合図とともにどこかへと消え去ってしまった。
栄光の1位のエフィレはぐてっとだらけ、バルトの背中に顔を埋め寝てしまっていた。
────
その夜。雲1つない夜空には欠けた月が浮かんでいた。人気のない会場の裏のベンチにレインはいた。
「ごめんね? 待たせちゃった?」
姿を見せたのは申し訳なさそうに謝るセリアだ。
「えっ……なんか約束したっけ……」
突然姿を見せたセリアにレインは驚き固まる。誰かが近づいてくるのは感じ取っていたがまさか彼女だとは思ってもいなかっただろう。
「みんなを撒くのに時間が掛かっちゃって」
「うん、わけがわからないけどね。それでよく僕の居場所がわかったね」
レインは白い目で言った。
「……勘だよ」
妖しく微笑み彼女は距離を詰める。
「隣いい?」
「好きにしなよ」
彼は腕を組んで空を見上げた。
「今日の戦い見てくれてた?」
レインは焦った。屋上でサボっていたのがバレてしまったのかと。
「え、あーうん。見てたよ。うん、凄かったねー」
それっぽいことを言ってなんとかごまかす。
「私、やっぱり体調が悪いみたいで。試験中も身体が思うように動かせなくって……」
「そ、それは大変だったね。良い記録を残せたならいいけど」
「どこかで見たことがある場所で、見覚えのある光景。試験に出てくる敵は私の知らない記憶を呼び覚ましてるようだった」
「昔のことが思い出せないんだっけ?」
「うん……。思い出すのが怖かったのかわからないけど、私はあの場では使い物にならないぐらい役立たずだったよ。なんで覚えてもない記憶に怯えてるのかわからなかった」
レインは彼女の試験を見たわけではないため何の話か全く理解できなかった。
「身体が動かない。気がついたら私は頭を吹き飛ばされちゃってて……」
「加護でどんな重症でも魔力がある限り再生するもんね」
初めて見る人にとってはあまり気持ちの良い加護ではないだろう。
「痛いのは痛いんだからねっ! もうっ」
セリアは大したことなかったでしょ、というレインに大して頬を膨らませた。
「その後はどうしたの?」
「その後……。詳しくは覚えてないんだけど、夢を見てた気がする。試験の敵を前に誰かが庇って私を逃がして……その人は結局白い布を纏った女の子に殺されちゃって。絶望的な夢だった」
しかし今のセリアからは絶望的という感情ではなく、安心という安らぎの感情を抱いている。
「でも、そんな絶望的な状況を解決してくれた人がいて。私はその人に救われた。そこで夢が終わって、気がついたら試験の敵を斬り刻んでいたんだ」
「不思議なこともあるもんだね。夢中の覚醒ってやつ? 憧れるなぁー」
「ふふっ……。ところでレイン、私たちどこかで会ったことがある?」
「覚えてないなあ。聖人と会ってたら忘れないはずだけどね」
「そうなんだ、私の勘違いかな。じゃあ今のことは気にしないで、忘れて」
そう言うと彼女はレインの肩により掛かる。
「でも、あの時の温かさは同じ。どうしてだろう」
「それこそ勘違いだよ」
「ううん、この温もりが今の私を支えてる。辛かった身体の痛みも、胸の苦しみも、レインといるだけで全部解決しちゃった」
彼の右腕を絡め取るように抱き、離れない。魔力を感じ、魔力を吸い上げている。
「魔力をあげるなんて一言も言ってないけどね」
「でも抵抗してない。私が聖人だから?」
「違うよ。抵抗しても僕が抜け出せる方法はないかな」
動かそうとしてもびくともしない腕にレインは恐怖を感じた。いつ粉々に砕けてしまうんだろうという恐怖しかなかったのだ。
「よくわかってるね。でも、私も離れるつもりはないよ。今の私に必要なのは試験に勝つための戦略でもなく、レインだけなんだよ?」
「僕が何の役に立つの? 生憎僕は役立たずの一般生徒だからね」
「ふふっ。じゃあ私が貰っても文句を言う人はいないよね?」
「それってどういう……」
セリアは抱いている腕を引き寄せてレインを倒し、彼女が彼の上にまたがる。
「これからは離さないよ。ずっと一緒なんだから。前々から惹かれる部分はあったから抵抗なく言えるけど、私はレインが必要」
「僕を恋人にするの?」
「恋人……。レインは甘いね。そんなんじゃいつか離れちゃう。だから永遠の契りを結ぶためには夫婦になるしかないんだよ?」
「無条件で僕は貴族になる。湧き出るマニーの泉に一瞬だけ心が揺らいだけど、僕はお断りするよ」
彼は左腕を服に掛けて彼女をどかそうとするが、セリアはその腕を掴んで下に叩きつけた。
「どこに行こうとしたの? レインの居場所はここだよ?」
真顔で、目の奥に殺意を宿らせたような瞳だ。しかしすぐに笑顔になるが目は笑っていなかった。
「これからは一緒になるんだよ。離さないし、どこにも行かせない。私にはレインしかいない。他のところに行って死んじゃうなんてさせないから。他の女の子に取られちゃうなんてことも絶対に」
「どこにもいかないよ。でも、無理矢理なのはいやかな。僕はゆっくりと歩み寄るタイプなんだ」
セリアはそんな彼が怯えてしまっていると勘違いしたのか優しい顔で微笑む。
「レインは怖いんだよね? でも大丈夫だよ、安心して。私がレインに私を深く刻み込んで、忘れられなくしてあげるから」
セリアは拘束魔法を使ってレインを頑丈に固定した。
「そうすればレインも私を求めるでしょ?」
そして彼のネクタイに指を掛け、ゆっくりと解いて、引き抜く。
「セリアは聖人だよ。こんな事を無許可でするなんて僕がただじゃ済まされない」
「なに?」
その言葉にセリアは激怒したのか彼の首を掴んで締め始める。
「私とは一緒にいたくないってこと……? それは間違いだよレイン。私はレインを求めて、レインは私を求める。だからこの先も永遠に私の側にいてくれる夫だよ? それを他人が邪魔できるとは思わないけど? まさか他の女のところに行こうだなんて考えてるの? それだったら私にも考えがあるから、こんな風に女の子に密着されれば男の子は耐えられないでしょ? 今だけでもいいから私を見て──」
瞬間、レインが拘束魔法を解いてセリアを吹き飛ばした。空気が膨れ上がるよう衝撃にセリアも驚いた表情を見せる。
ダメージは無いが、レインが無事かどうかはわからない。焦った彼女はすぐにベンチの方へ視線を移すが、既に彼はいなかった。
「どこ……私のレイン。逃げちゃったの? いや、そんなはずがない、連れ去られちゃったんだ。あーあ、許せない。私の大切なものを奪い去るなんて……」
しかしこの騒ぎを聞きつけて誰かがやってくるのを警戒した彼女は一旦冷静になり、笑顔を見せる。
「次は逃さないからね」
恋する乙女のような表情を見せつつ、どこか狂気を孕んだ瞳で彼女はその場を去っていった。




