195.迫る手
第1プログラム後半戦。昼まで装置に誤作動はなく、順調に試験は進んでいた。マリアやミリアナたちはかなりの記録を残して試験を終えた。特段目立った活動も無い安定した試験だった。
「セリア様どこへ!?」
聖人の特等席から彼女が予告もなしに立ち上がり、どこかへと駆け出した。彼女の出番までにはかなりの時間がある。
側に仕えていたニクスがすぐに後を追うが見当たらない。
「はあ……はあ……」
急いで空き部屋に駆け込んだセリアはポケットから液体状の薬を出すとそれを飲み干した。
そして苦しそうに胸を抑えて床にうずくまる。
「収まって……」
糸状の寄生虫のような何かが無数に蠢く感覚である。それらが魔力を放出しセリアの体内で膨れ上がるのだ。
中和できない、発散すらできない。
薬で一時的な動きを抑制出来はするがその場しのぎである。確実に治す方法は未だに存在しないのだ。
「あ……」
薬が効いてきたのか冷や汗が止まり、苦しかった胸も、押し出されるような感覚ですっと消えていった。
楽な姿勢で座っている。そんな彼女を監視カメラで見ていたのはアクンベスらだった。
「彼女苦しそうですね」
「……せいぜい器として役に立つんだね」
つまらなさそうにセイントイータは様子を見ていた。
「あなたがその器を壊そうとしたこと忘れてはいませんよね?」
「直接呼び寄せれば良いのに、なんであの女を使うわけ? 意味わかんないんだけど」
「ニュールリスト様に聞く他ないようですね」
「ちっ……無駄な残機。偽物を私の前に起きやがった腑抜けの話なんて聞きたくないね」
「一応順位はあなたより上なんですがね」
だからどうしたと言わんばかりの態度で机の上に足を乗せる。
「ダミーたちを呼んであげたのは誰のおかげだと思ってんの? 聖騎士団には忍び込めてないけど、騎士団はほぼ壊滅。ま、あのバカ聖女ならそんな状況知らないだろうけどね」
「今回の作戦で一番の障壁になりそうだと?」
「この国に聖女より強い人間なんかいないでしょ。フルリエル様を降ろすその前に殺す。邪魔なんてさせないから」
彼女は肩を揺らして笑う。
「どの道、依り代にフルリエル様を降ろす時点で聖騎士どもには察せられます。この国で誕生させるか、別の場所で誕生されるか……どの道聖騎士団が動く前に降ろすことはできないですね」
「そのための足止めなんでしょ? 試験を狙って器を回収しないと。ほら、1人になった今のうちに回収すれば?」
「いえ、安定した状態での回収と、今この場から聖人1人消してしまうと時間を稼げないので。最終日の6日目に攫う計画です」
「この器は何度も攫われて大変だねー。誰が実行するのよ」
すると監視部屋からノックの音が聞こえる。
「今この場にお呼びした人物です」
「は?」
「どうぞお入りください」
するとそこに姿を見せたのはシスター姿のとある人物だった。
「あの……呼ばれてここに来たんですが……」
彼女の姿を見るとセイントイータは骨の髄まで震える感覚に襲われる。
「お、おおおお、おい! アクンベスふざけるな! なんで最期の恋人がこ、ここに!?」
尋常じゃない怯え方にアクンベスも首を傾げる。
「最期の恋人……? 私は聖人セリアと親密な関係にあるエルフル様をお呼びしただけなのですが……」
「こ、こいつっ……!」
ギリッと彼を睨むがフェアクァルテが微笑むとすぐに怯えた顔に戻る。
「まさかイータちゃんまでいるなんて思わなかったですけど……これじゃあ猫被ってる意味はないかもですね?」
「フェアクァルテ様なのでしょうか?」
そう呼ばれたエルフルは頷いて微笑み、
「そうのとおりです。私は執政の最期の恋人……かっこよく言うと、ルディアン第七位、フェアクァルテ……でしょうか? ヌーが何も説明してくれなかったのは意外でした」
「はい。まさか執政の方とは……」
「私も執政なんだけどさ、雑じゃない?」
「イータちゃんは新参の右も左もわからないクソガキですよね?」
フェアクァルテは笑顔で言った。
「はい! ごめんなさい!」
アクンベスはセイントイータ態度の変わりように度肝抜かれる。
「お二人の関係は……?」
「アクンベス! 聞くな──」
「ついこの間まで生意気なクソガキでしたよ? 上位の執政にも唾吐くような子でしたし……」
彼女は舌を出してみせる。そこにはピンク色の錠剤がありセイントイータは体中の細胞が嫌悪するほどの強い恐怖に襲われる。
「これを使ったらこーんなに大人しくなってしまいましたぁ」
「それは……?」
「こんなかわいいイータちゃんでも豚になっちゃう程のつよ〜い媚薬です」
「ひっ……!?」
「私の大事な、だぁあいじなセリアちゃんを殺そうとした罰に使ってあげたんです。恥ずかしい姿でわんわん果てる姿はとーってもかわいかったですよ?」
「やめろ!」
自分の辱めをアクンベスに暴露され、ついいつものクセが出る。
「ん〜?」
しかし彼女の意味深な笑顔に押し潰されすぐに勢いがなくなる。
「執政が3人も出ているのに失敗は許されません。それを1人の執政の暴走で失敗しただなんて聞いて呆れます」
「それは……ちっ……」
「ニュールリストも殺害してしまったようですね。彼は気にしていませんけど何を考えているのかわからないですからね。くれぐれも上位の執政との行動は慎重にお願いしますね?」
セイントイータは怒りに顔を震わせるが耐え抜く。
「わかった、わかったよ!」
今にでも暴れたい気持ちを抑える彼女。それを見ていたエルフルは彼女の成長を感じながら優しくし微笑んだ。
「さてアクンベスさんは私に何をしてほしいのでしょうか?」
「あ、いえ、ヌー様からの伝言とセリア様の管理をお願いしたく──」
「ヌーは元気ですか?」
もはや理解しているような口ぶりで仕事の話ではなく他の話題に切り替えた。
「ええ、まあやる気に満ち溢れた表情でしたので元気であったかと……」
「彼……彼女でしたっけ? あの子性別がわからなくて困っているんですよね。今は彼と呼ぶほうが無難ですか」
ヌーの性別は執政でも知らないようだ。
「彼はかなり昔の人物ですからね。この世界の流れそのものを知っている人物でもあるんです。しかしなぜそんな彼が亜神教会に属しているのか未だに不明です」
「亜神教会と聞くと我々の組織が貶されているように聞こえますが、実際のところそうなので反論はできないですね」
「今更の話です。私から尋ねたいのはヌーの情報についてです。私も組織に属してから数十年、彼の情報は何も知らないんですよ」
「確かに不思議な方です。教徒たちでさえ存在を知らぬ者もいるようですし」
エルフルは大胆な足の組み換えをするとアクンベスの視線が太ももに集中した。
「それさえ分かれば私たちの組織は長年の謎を解き明かせるのに……」
彼女は険しい表情を作り小声で言った。
アクンベスは太ももに集中して聞いていなかったようだ。
「ちっ……」
そんな二人の様子を見ていたセイントイータは何かが気に入らなかったのかモニターに視線を移した。
「ん……?」
するとそこにはセリアがいることは確実なのだが、その傍らに黒いモヤのような人物が立っているのが見えた。
男の子のようにも見える彼はセリアを介抱しているようだ。彼女の顔が先程までの苦痛とは程遠い穏やかな表情をしていた。
「何だこの魔力体……」
じっと見つめていると彼がぐるりと首を回転させて監視カメラを見た。
「っ……!?」
黄色い眼に睨まれる監視カメラは次の瞬間、砂嵐を映し出してしまった。
「なんだ……?」
その後すぐに映像は元通りになるが、そこにセリアと黒いモヤの人物はいなくなっていた。




