共和国探訪 side X Ⅷ
神殿騎士団と死霊騎士団との戦闘後、デシテリアは砦に戻るとすぐに団長のアフリに報告する。
「ご苦労だったな、お前さんまた怪我してないだろうな?」
「ご心配には及びません。ですが……被害状況は芳しくありません。倒されたこちらの兵をアンデッドに変えられてしまうところまでは前回と同じでしたが……恐らくあの神殿騎士は元エウロス騎士団でしょう、彼らがマリヴィ化するのは想定外でした」
「そんなもん誰が予想できる。短時間で追い返しただけでも十分だ」
表情は見えないが声だけでも近くに居て肩を叩かれ励まされた気持ちになる。
「イルヴィア副団長の功績が大きいです。人体を燃やすほどの火力は彼女が風を起こしてくれたからで、あの青白い鎧もただの鎧じゃなさそうだったけど……、助けられてばかりです」
「そんなもんいつものことだろう、移籍してくんねえかな? お前からももっとアプローチしておいてくれよ。そうだ、プライベートと一緒でも構わんぞ」
豪快に笑い飛ばされて冗談とも本気とも思えず言葉に窮する。
「それで王国と教会は続けて動きそうか?」
急に真面目な話になる。アフリは見た目や話ぶりから管理面での有能さで団長になったと言っても信じる人は少ない。仕事の早さは接してみて初めてわかる。
「今のところ動きはなさそうです。ですが王都を抑えていた黒龍は姿を消して自由に出入りできるようになったみたいです。亡命を試みた民間人の一部が王国兵に襲われているところをヴィアが助けに入って保護しています」
「王都が荒れている証拠だな。ついさっき王国から魔王とそれに従うゼピュロス・ノトスの両騎士団を討伐するとの宣言が出された。その宣言に神聖国メガリゼアとシレゴー共和国も連合として加わることが記されている」
「なるほど、今回の王国と神殿騎士団がノトスに攻めてきたのはその為で、突然の侵攻ではなく宣戦布告のタイミングのズレがあったとでも言うのでしょう」
「別に正当化しなくても戦争を仕掛けた、仕掛けさせたこと自体が罪だろ。政治家の考えることはよくわかんねえが、すでにゼピュロスも戦闘を開始したらしい。これは王国を二つに分けた戦いだけじゃなく、大陸を二分した世界戦争の始まりだ」
王国と教会を統べる神聖国、そして未知の大国である共和国の連合。対してこちらは帝国と2つの騎士団による自治区と国の規模に差がある。それに未知の国を相手取る事も状況を不利にさせる。
「戦力差に差はないかもしれないが、俺たちの目的は相手を打ちのめして滅ぼすことでも領土を奪うことでもない。一人でも多くの民を救うことだ」
「あわよくば王都の民も救いたい、ですか?」
「へへへ、流石によく解ってんねえ。俺はゼピュロスに向かう、共和国との挟み撃ちもあるが今後のことをファウオーとも話しておきたいしな。というわけで東部戦線は任せた」
アフリとの通信を終えるとデシテリアは椅子に背を預け深いため息とともに天井を見上げて目を閉じる。
「戦いは避けられないのかな……」
「どうだろうね」
声に反応して瞼を開くと覗き込んできたイルヴィアで視界が埋まっていた。
驚いたデシテリアは椅子から転げ落ちそうになるがイルヴィアに支えられてことなきを得る。
「危ないなあ、気をつけなよ」
「び、びっくりした……、君が急に覗き込んでくるから……」
「あはは、デシ君が慌ててる……珍しいものが見れちゃった」
まだ心臓の音が鳴り止まず2度3度と深呼吸して落ち着きを取り戻す。デシテリアはイルヴィアに言葉の真意を問う。
「ああ、戦いは避けられないのかってやつ? 相手が不利な状況に陥れば聞く耳を持つかもって思っただけ。黒龍がいなくなったのはテコが呼びだした可能性がある。理由は共和国で必要になったから。あの人の事だから共和国を降参させちゃってそっちの監視に付けたのかも。そう考えればあとは王国と神聖国だけ。神聖国も不利を感じれば王国と手を切るんじゃないかなぁ」
「共和国との結果次第では王国や神聖国とも交渉の余地がある?」
「どうかな? 教会の人たちはあんまり話聞かないけど、ちょっと驚かしたら素直になるから。国も同じかどうかは、アタシには分からないけど」
デシテリアも平和的に解決できるならそうしたいと思っている。
分断されてから交渉に応じてもらえずなぜこのような事態になったのかもはっきりしないままだ。
ただの政変で前国王の安全を確保してもらえるならエクシム王子の即位を認めてもいいのではないかと思っていたが、今の王都の様子や高圧的な態度に強行姿勢は王の資質を疑う。
何より兄のトリニアスがついていながらこのような事態になったことが不思議で堪らない。直接話を聞きたくて何度か手紙を送ったが返事はない。
「状況を変える為には戦わなくちゃいけないし、その戦いは苛烈なものになるだろう。でも、そのあとで本当に交渉に応じてもらえるのかなって……」
デシテリアもイルヴィアの前では弱音をはく。
「う〜ん、大変だろうね。でも——」
イルヴィアはそんなデシテリアを情けないとは思わない。むしろ力になりたいと願う。
「アタシがいるから心配いらないよ、任せて。後のことはデシくんに任せるから」
「ヴィア……、ありがとう」
決して器用ではないがイルヴィアが一生懸命に励ましてくれていることが嬉しい。
「見えない先ばかりみていても仕方がないよね。東部は僕たちが護る、今日みたいに神聖国も介入してくるだろうから気を引き締めて行こう」
「うん、その前にお腹空いちゃった、デシくんも一緒に行こう」
戦いが始まって何も食べていないことにようやく気がつく。意識するとお腹がなりだしてイルヴィアに笑われる。
「早く行こう」
イルヴィアに手を引かれて食堂へ向かった。
王都の東側近郊までジルはたどり着く。大量の死霊騎士を盾にして逃げた。幸いなことに追撃はなく、ここまでならもう大丈夫だろうとようやく安堵する。
「アスペリオのやつも上手く逃げたかな。さて、フティアまで戻るのも難儀だな。王国に身を隠すか……」
「良ければ僕が送ろうか?」
後ろから声をかけられて咄嗟に剣を抜いて斬りかかるが誰もおらず、また後ろから声が聞こえる。
「あはは、ごめんごめん。僕だよ、ジル。そんなに警戒しないでよ」
ジルの目の前には右目に眼帯をした青年が立っていた。飄々とした様子に剣など持ったことがなさそうな優男はテネブリス王国第二王子のシーディオだった。
「ちっ、王子さんかよ」
相手の正体がわかってもジルはすぐに剣を納めなかった。シーディオの背後にいるドス黒い何かが彼にそうさせるのだ。
「僕たちは仲間なんだから剣を納めてよ。それに補充が必要だろうから迎えに来てあげたんだよ、驚かせたのは悪かったけど酷いじゃないか。そうだ、ローズルも何にか言ってあげてよ」
シーディオの背後に感じていた黒いものが人の形を成して現れる。道化のような、魔術師のような、空想とは違う死神のような何かだった。
この得体の知れない存在は見ているだけで恐怖に蝕まれて気持ちが悪くなっていく。
何かを話しているように見えるが声は聞こえない。
「……」
「まあ、そういうわけだから。さて、それじゃあ行こうか。こんな所に居ても始まらないしね」
有無を言わさずに強制的に転移し場所を変える。
「ここは……?」
「だから言ったでしょう、補充しないと。ここは共和国の研究施設、何日か前に兵士も近くの町の住人も全員がマリヴィになった。殺されちゃったけどね。町の近くに住人も兵士も埋葬されている」
「埋葬? マリヴィは死ねば灰になるんじゃないのか?」
「それはあの魔王がしたことだよ。その後なぜか理が追加されたみたいでそうなっちゃったんだよね。ほんとあの魔王は余計なことばかりしてくれる。……なに喜んでんだよぉ、こっちはいい迷惑なんだから」
「……」
一人で話続けるシーディオを無視してジルは辺りを観察する。血の匂いが充満し激しい戦闘があったことが分かる。それ以外にも何かが行われていたことも薄々感じられた。
「バラバラに切り刻まれた死体なんて使えねぇのは知っているだろう。ましてや圧殺されたやつなんて使い物になるわけがねぇ」
「でもある程度なら復元可能でしょう?」
「本人の持つ記憶次第だな」
「あー、やっぱり肉体が持つ記憶を基にして人格ぽくみせているんだ」
「そうだよ、魂を呼び戻すなんてできる訳がねぇ」
「なるほど、それで……死霊使い」
「で、新鮮な死体はどこにある?」
「察しがいいね、ここには隠し部屋がいくつも存在している。ここで研究している奴らはちょっと特殊でね、変なこだわりや癖が強いんだ。別の棟へ続く隠し通路があるから付いてきてよ」
ジルは言われたとおりにシーディオについていく。
「なあ、何であんたはこんな場所を知っているんだ?」
シーディオのことはよくわかっていない。王宮で見かけたときは政治や権力に興味がない放蕩王子だとばかり思っていた。教会とつながっていたことに驚きはなかったが計画の首謀者の一人であり教皇とのつながりがあったことには驚いた。かくいうジルを協会に招き入れたのもシーディオで、その時初めて暗躍していたことを知った。
「さあ、ここだよ」
ジルの質問を無視して入った部屋には透明の容器に入ったマリヴィが並んでいる。傍にはボサボサ髪に眼鏡をかけた白衣の男が立っている。
「ようこそ、第2研究施設へ」
「やあ、えっと……君誰だっけ? まあどれでもいいや、ここにあるマリヴィを殺して僕に頂戴。彼の死霊騎士に加えるから」
「ええ⁉ せっかく作った人工マリヴィを殺して死霊騎士に加えるですって⁉ すぐにやります! ……だから、1体だけでいいのでその死霊騎士っていうの、僕に分けてもらえません?」
「1体ぐらいなら良いよね? 何かの役に立つかもしれないし」
シーディオに同意を求められるがジルが何を言っても決定事項だろう。好きにしろといって容器のマリヴィを見上げる。
「悪意が満ちている……面白くなってきた」
百体のマリヴィ・アンデッドを加えてジルは王国へ帰還する。




