共和国探訪 side X Ⅸ
「あー、いたいた。征さーん、どこに行ってたのさ、探したんだよ」
共和国の首都モルコビアを一望できるビルの屋上で少女は仲間の男を見つける。
小柄で長い髪を黄色い花飾りでサイドテールに結った少女は空から華麗に着地して声をかけた。
「おお、凛音か。すまん、すまん。少々南へ行きすぎた」
「またぁ? なんでいっつも迷子になるかなぁ? しっかりしてよ、いい大人なんだから」
凛音と呼ばれた少女はぶっきらぼうに言い放つ。
二人の装いは街の人間と比べて風変わりだった。目立つ色使いというわけではないがデザインが全く違う。そこを除いても目を引くのは大きな花の文様だった。
男には白地に黒百合、凛音には薄い紫の生地にルドベキアの花を象った文様があしらわれている。
「ははは、迷子に歳は関係ないぞ、俺をみてみろ」
「いや、そうじゃなくて……。まあいいや、とにかく証拠を見つけ出してくるからここで大人しくしててね」
男は街を眺めたまま立ち去ろうとする凛音を呼び止める。
「証拠なんぞ探す必要はないぞ」
「はあ? ナニ言ってんの、全然わかんない。証拠がなかったら裁くことはできない。捏造でもなんでも証拠は必要。もしかして、戦いすぎて忘れちゃった? 遅刻してきた理由は証拠をあげてきたから、とか言わないよね?」
「証拠ならその存在だけで十分だ」
男の言葉の意味がわからず首を傾げていたが、男はさっきから街を見つめたままでいることに気がつく。
「いや、まさかとは思うけど……、もう来てる?」
「ああ、居る」
男はやけに楽しそうな顔で街を見つめている。その背を見ながら凛音は諦めたように息を吐いた。
「だったら何で動かないの? いつもなら真っ先に飛んで行くくせに」
「ついでに共和国の罪も問いたくてな。南で壱壊に会った」
男の口からでた名前に輪廻は目を見開く。
「はあぁ、壱壊⁈ 九龍とエンカしたの?」
「まあ正確には下っ端三人とやり合ってな、奴の介入で取り逃がした。飛空船だったからここにも来る、俺の勘がそう言っている。そういえばあの時、妙な女子と出会った、紅葉と気が会うんじゃないかと直感したが……ん、紅葉はどうした?」
いない事に今気づいたのかと今度は呆れる。この男と一緒にいると感情の上がり下がりが激しくなって疲れるから嫌だと思う反面、珍しく興味を引かれる。
「紅葉と気が会う……そんな子、あたし以外にいるの?」
「直感だ、直感。奴らのカラクリに苦戦しとったが、不思議な“気”を持った女子だった」
ふーんと返事だけしておいたのは思ったほど興味を持てなかったからだ。どちらかというと、もやっとした感情を押し込める為でもある。
「南の街は奴らのカラクリで荒らされて半分以上が壊滅していた。砦からも火の手が上がっていたから実験に使われたのか、はたまた……」
「そっちは黒確定なんだから後回しでしょ? 先に紅葉探して、……魔王討伐ミッション終わらせよ」
男も立ち上がる。
「15代目歐華征士郎、魔王と死会える機会を得られるとは、なんと果報者よ!」
「はいはい、こっちはアンラッキー極めてますよ。さっさと帰って休みたい……」
征士郎と凛音は対照的な表情で眼下の街を見下ろし降りて行く。
——面倒なことにならなきゃ良いけど。それに他の立花と一緒じゃなくて正解だったよ
二人は街に降り立つとますますその風貌が周囲の目を引く。
「さあ行くぞ!」
「いや、どこにいくつもり?」
「不可思議な気に紛れて見失った。歩いていればそのうち会敵するだろう、がははは!」
「そんなだから迷子になるんだよ……。もういいから征さんは紅葉を探してきて!」
奇妙な出で立ちの二人は周囲の目を引きながら街中に消えていった。
モルコビアから遠く離れた上空に一隻の船が泳いでいる。九龍商会の飛空船だ。
龍の船首に巨大な翼、船尾に至るまで龍を模った意匠で作られていて、空を飛ぶ姿はドラゴンそのものだった。
「蓮、そろそろ到着だ」
デッキで佇む壱壊に飛虎が声をかける。
「その名は捨てた」
「ああ、すまない。俺にはその名が呼びやすい。それよりも目的地に到着する。着いたら“商品”を回収するから後始末を頼む」
言い終えると飛虎は踵を返して船内へ足を向ける。
「征士郎が来る……勘だが」
飛虎は足を止めて振り返る。
「南で遭遇したのも……、奴らの目的は俺たちか?」
「いや、違うだろう。それならあの時、追ってくるかどこかで待ち伏せされていたはずだ」
イーマイムで苦戦していた羽四たちを救出するために駆けつけると征士郎がいた。その時は羽四たちを助けて牽制だけに留まり直接切り結んだわけではない。
「別の目的ということは、私たちの商品か……或いは…………」
「魔王」
答えに驚きはなかった。
先日、魔王が復活してイーリオスを直轄領とすることが宣言された。
多くの人々にとって魔王は虚言であり小国が成り上がりのためにでっち上げた嘘だと思っている。その権能を実際に目にしない限り、忘れ去られたおとぎ話の登場人物が現れたなど信じられるはずもない。
それでもあの日、魔王エタルナが放った混沌の波動はわかる人にはわかるものであり、その影響をもろに受けた者もわずかばかりいる。
「魔王の目的は共和国の支配か? いや、あいつの企みのせいかもしれないな」
「状況は複雑になった。あの女が何を仕出かすか予測できない、注意しておけ」
「わかった。……羽四‼︎」
飛虎は大声で呼びつけると甲板の奥から急いでやってくる。
「呼んだか、大将。そろそろか?」
「ああ、お前たち三人に先行してもらう。敵から商品を引き離すんだ、その間に壱壊、頼んだぞ。残りは上空から援護する」
飛虎が指示を終えるといつの間にか他のメンバーも揃っていた。
「またぼくたち留守番? いい加減飽きちゃったんだけど。……そうだ、街の人間を殺してていい?」
「ダメに決まってんじゃん、阿呆なの?」
遊二と雪七がいつもの掛け合いをしてじゃれている。飛虎は咳払いで二人の言い合いが止まるのを待ってから口を開く。
「二人は船で待機だ。四人を降ろしたあと一旦離脱する。だが……状況によってはお前たちにも降下してもらうから準備しておけ」
「よっしゃあ! ……出番こい、出番こい」
「ふん、名に喜んでんだガキ!」
二人を尻目に、飛虎に対しては本気なのかという視線が注がれる。当然飛虎にそんなつもりはなかったのだが、壱壊だけは真顔で二人に言葉をかける。
「どちらかが死ぬことになるだろう、覚悟しておけ」
そう言い残して船内へ消えていく。
「えっ、冗談だよね……? ぼくは序列2位だから雪七が死ぬってことじゃん」
「はぁ? 序列とか関係ないし!」
「どっちもじゃね?」
羽四の横槍に二人は怒って追いかけ回す。
飛虎だけは壱壊の言葉に不安を覚えて消えた背中を見つめていた。
+++++++
共和国首都に各陣営が集結する。
シエルたちプロトルードを中心にアルドーレ、帝国からはレオ、獣国からポポンとガウルの混合チーム。
別行動中のヘルマは獣国のヘリオス獣騎士団とエヴァンたちエルーゾン隊。
九龍商会と、彼らに因縁がある二人組。
混沌とした状況をただ一人だけ観測し当事者にならんとする者がいる。
「さあ、壮大な実験の始まりだ。集大成にふさわしい結果を期待しているよ」




