共和国探訪 side X Ⅶ
「よう、調子はどうだ? 【風神】を目の前にしてビビってないか?」
ノトス領の境界線を超えて布陣する神殿騎士団本陣でアスペリオは進軍のタイミングを見計らっている。そこに訪れた男の顔を見るなり眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌になる。
「死霊使い……、何の用だ?」
「何だは無いだろう、聖騎士どうしの共闘だってのに」
「私はお前を聖騎士と認めていない」
「そんなこと言われても教会の最高位――教皇猊下のご判断だ。それとも何か、お前は教皇様の考えに叛くのか? 流石は不誠実なお魚君だな」
敬虔なイーリア教徒のアスペリオに信仰を疑う言葉はご法度だ。激昂して剣を抜きかけるが挑発に乗っては相手の思う壺だと思いとどまる。
「黙れ、悪魔崇拝者‼︎ 貴様ごときが教皇様のお考えを語るな! 貴様が偶然適合したから利用しているだけなのだ、捨てられたくなければその身を砕いてこい! どうせ死にはしないのだろう」
「別に俺が不死身ってわけじゃ無いんだぜ。だから危なくなったら撤退する。お前も逃げるならウチの死霊騎士たちが殿につくから安心して逃げるがいいさ」
何をしに来たのかと思っていたが察しがつく。
「“ウチ”の? “神殿騎士団”の間違いだろう」
「ははは、良いね! 話が早くて助かる。そういう事だから構わないよな? その身が砕けて灰になるまで神に忠誠を尽くすのが神殿騎士団だ。死してもその身を捧げる覚悟があるのか、って確認だよ」
男の名はジル・キャダパー。
死した者をアンデッドとして自由に操るか、生前の記憶を残したまま甦らせる能力を持つ。
18年前の宰相官邸襲撃事件の実行犯として逮捕され処刑されたが、それは表向きで実際は死霊使いの能力を買われてイーリア教会の総本山であるメガリゼア神聖国へ逃がされていた。
そこでエウロス騎士団ごと亡命していたアスペリオと共に聖騎士に任ぜられた。
「言われるまでもなく我らの命は神と共にあり、神の代行者である教皇聖下のためならば死しても戦い続ける。それが秩序ある世界の礎を築くのであれば」
真顔を答えるアスペリオにジルは興が削がれて溜め息が漏れそうになる。
「ああそうかい、なら良い。同意があった方がこっちはやり易いからな。邪魔したな、なるべく綺麗に死んでくれ。その方が戦力になる」
去り際の言葉にアスペリオが小さく舌打ちするのが聞こえてジルはほくそ笑む。
信仰に厚く真面目なアスペリオ、彼はエウロス騎士団長時代から親切で優しい好青年として人気が高かった。特にエウロス地区は神聖国と隣接しているためイーリア教徒が多く余計にアスペリオの人気は高かった。
ごく普通の家庭に生まれ育った彼は幼い頃に教会で見たイーリアの絵画に心を惹きつけられて教義にも関心を持つようになる。
生まれつきの真面目な性格に几帳面さも加わり秩序を重んじるイーリアの教えに傾倒するのは時間の問題だった。
「世界は混沌に満ちている。イーリア様のために僕が秩序を取り戻すんだ!」
教会がアスペリオを見つけるのは容易かった。信徒を公言しイーリアの教えが国を救うのだと信じて実行して来たからだ。
暴徒によるテロが多いエウロスにあって、彼がいるから被害が最小限に抑えられているという声も聞こえる。
不満を爆発させる暴徒たちもアスペリオの前では大人しくなり、素直に平和的活動を行えるようになる。教会と国交を結んで神殿騎士を兼任できないか本気で考える者たちもいたぐらいだ。
しかし王国は教会との関係を進展させるどころかテロの首謀者として糾弾するほどにまで悪化した。アスペリオが騎士団を連れて神聖国へ亡命した時は非難の声と同じだけ同情する声もあった。
一方でジルは若い時から傭兵として割に合わない危険な依頼をこなしながらその日暮らしの生活を続けていた。
ある日、貴族に腕を買われてある依頼を引き受ける。
敵対する貴族の暗殺だった。
高額報酬に目が眩んで実行するが、いつの間にか通報されて取り囲まれて逃げ道はなくお手上げ状態だった。
「クソッ……いっそうこいつを生き返らせてなかったことにできないか?」
追い詰められて口走った言葉が現実になる。それが初めてのアンデッド化能力の行使だった。
操った貴族に身の潔白を証明させて、罠に嵌めた貴族も殺して操った。それを重ねて王国を裏から乗っ取るつもりだったが貴族の事など微塵も知らないジルでは綻びが生じるのは明白だった。どうにかしたいと思っていたところに闇の噂を聞きつけた貴族が現れる。
「私が手を貸してやろう。ただし条件がある」
「条件?」
「宰相のヌビラムが王族の子供を匿っている」
「王族の……不義の子か?」
「いや、王家をより強固にしかねない存在なのだ。このままでは王位継承順が変わってしまうだろう。だが、その子は宰相の子であるとされている」
「あの噂か……、王族の子供を隠すためにあえて不興を買ったということか? でも何で?」
「その子は亡くなったルーセオ王子と初代テネブリス王の祖先でもある皇統の流れを汲む名家……、ようやく取り潰して根絶やしにできたと思っていたのだが……」
「要は目の上のたんこぶを消したいってことだろう? 俺に赤ん坊を殺せっていうのか?」
「いや、攫うだけで良い。手元に置いて王家と宰相に揺さぶりをかける」
「策はあるのか?」
「宰相官邸で警備の強化が行われる。そこに私設傭兵団として潜入し機を待て。実行後はほとぼりが冷めるまでは共和国で匿うことも出来る。この国を終わらせた後、富も栄誉も……好きなだけくれてやろう」
この時はじめてジルは富も名声も求めていなかった事に気づく。
——悪巧みの渦中にいる。こんな刺激的なことはねぇ!
こうして一連の宰相官邸襲撃事件へとつながる。
そんな性格も境遇も違う二人が率いる騎士団が肩を並べてノトスへ攻撃を開始する。
「凪を乱すなら、強風に吹き飛ばされるだけだよ」
「来たか風神‼︎ 奴には構うな進め!」
アスペリオ率いる神殿騎士団はイルヴィアを無視してノトスの本体へ攻撃を仕掛ける。
「連れないなあ」
碧みのかかった黒髪をなびかせて空に吹く風色の瞳が突き進む一団を上空から見下ろす。遅れてアンデッドの部隊も攻めてくるのが見える。
「アタシを無視しても、ノトスを攻撃するなら容赦はしない」
風が強まり渦を巻いていく。竜巻は徐々に強さを増して周囲にあるものを取り込んでいく。それがいくつも発生して神殿騎士の足を停める。
「今だ、撃てー‼︎」
後方で見ていたデシテリアが合図するとノトスの魔法士や弓兵が遠距離攻撃を仕掛ける。すると魔法や矢を取り込んだ竜巻は更に神殿騎士と死霊たちを削っていく。
「神より賜りし力の解放を——マリヴィ‼︎」
アスペリオの呼びかけに反応して騎士たちの鎧が光り輝く。
身体が倍の大きさに膨れあがると青白い炎のような装甲を身にまとい暴風をものともせずに前進していく。その唸り声や雄叫びは怪物そのものだった。
「あれはシエルたちが言っていた怪物になるやつか。魔石が体に同化するから助からない、だっけ? それなら悪いけど斬るね」
急降下して化け物と化した騎士たちの中に降り立つ。
細身の剣を抜くやいなや化け物たちが集団で襲いかかってくる。だが化け物たちはイルヴィアに3メートルも近づかないうちに半身を斬られて崩れる。その後も次々と切り伏せるから相手が近付いてこなくなる。
「こないなら、こっちから行くよ」
一陣の風が舞うごとに化け物が倒れて行く。
「凄い……流石はイルヴィア副団長、私が入る隙など……」
アリスが突入をためらっているとデシテリアからの指示が聞こえる。
「アリス! 無理に行かなくて良い、ヴィアを避けて来る奴を向かい撃つんだ! 後退して距離を取れ!」
「はっ! 全軍一時後退、後方支援隊は法撃準備!」
アリスたちの部隊も機能して一定距離で進軍を止め、反転攻勢の兆しが見えてくる。
「このまま押し返して……」
【死者よ、腐した身を捧げ甦れ】
何処からかともなくジルの声が聞こえる。すると倒れたはずのマリヴィの身体が再生して再び立ち上がってくる。
生気は感じられず欠けた肉体の一部が修復しないままでいるが、禍々しい魔力だけは開いた傷口から漏れ出ている。
「構うな、撃て!」
ノトス騎士団の追撃にまたしても化け物たちは倒れるが怪我など気にせずまた立ち上がり向かってくる。
「人を化け物に変えるマリヴィ……それを更にアンデッド化するなんて……、これは流石にマズいかもしれない」
デシテリアの危惧のとおり少しずつ押され始めていく。
「さあ、不死身の肉体を持ったマリヴィたち…………、ノトスを蹂躙しろ‼」
ジルの命令に従ってゾンビ化したマリヴィが襲いかかってくる。魔獣並みの力とスピードを身体が壊れることを恐れずに限界まで力をふるう。しかも騎士としての記憶からから複雑な連携も織り交ぜた攻撃を繰り出しノトス騎士団は防戦一方となる。
「これマズいね。クロリス、何か良い方法はない?」
「そうですねえ……魂を呼び戻している訳ではなさそうですから体に刻まれた記憶を基に動いている、そんなところでしょうか。おそらく頭を吹き飛ばすか燃やすかすれば倒れるかと」
「へぇ、クロリスにしては過激な戦術だね」
「あら、私は最適な解を提示しただけですよ。天の声として」
「ははは、その設定まだ続けるんだ。まあいいや……対処が分かれば、後はやるだけだね」
イルヴィアはアンデッドの軍団の最右翼に降り立つと剣を構えて集団へ突撃する。反対側まで光が一直線に突き抜けると首をはねられらアンデッドが倒れていく。
「じゃあ、今度は反対から」
前線から見ると相手軍の中を左右に光が走っているように見える。
「ヴィア……。確実に数は減らしてくれている、こっちからできることは…………」
アンデッドとは一度戦っているが、不意打ちを受けて負傷したデシテリアに対策を練る時間がなかった。
「火だ、火を放て!」
死霊騎士を相手にしていた副官のバウトが隊に指示をだす声が聞こえる。
「火……?」
「あいつらは仲間だった奴らです。せめて灰にして天に召されるようにしてやりたいんです!」
「なるほど……いい考えかもしれない」
指示を出そうと通信機に手をかけるデシテリアの傍にクロリスが降り立つ。
「デシテリア様、アンデッドの頭を狙ってください。記憶はおそらくそこから抽出して指示に変えているのだと思われます」
「ヴィアがやっているのはそれですね、分かりました。魔法士は火属性魔法を放て、全然の部隊には頭を割るか首をはねるよう伝えるんだ、急げ‼」
前線に向かって指示するとみるみる内にアンデッドたちの数は減って行き、やがて後退を始める。
「ここが潮時か、俺は先に逃げるぜ」
ジルはアンデッドで守りを固めると王国へ向けて走り出す。
「死霊使いめ逃げるか。しかしこの劣勢は返せん。この多くの犠牲は神が示す道の礎となる。神のもとで見守り給え……」
アスペリオも退却をはじめ、ノトスと神殿・死霊両騎士団との戦いは幕を閉じる。




