共和国探訪 side X Ⅴ
シデレニオ帝国皇帝アレクサンドリア・ウーヌス・シデレニオは自室で妹のアウローラの帰りを待っていた。
「陛下、アウローラ様がご帰還されました。こちらまでお越しいただきますか?」
「ああ、客人も一緒に通してくれ。それとユリウスもここへ来るよう伝えろ」
「はっ!」
しばらくするとユリウスが眠そうな目をこすりながら入ってくる。普段から気だるそうな足取りが更に重そうに感じられる。
「アウローラ帰ってきたの? 思ったより早かったね」
「お前また徹夜していたのか?」
「仕事を押し付けてきたのは誰だよ」
「間に合わないでは済まされないのだぞ、むしろ感謝しろ」
「はいはい……」
他愛ない会話をしているとドアがノックされる。
「お兄様、アウローラです。ただいま戻りました」
入室を促すとアウローラが顔を覗かせる。少し照れたように笑う妹の顔を見てアレックスの口角もあがる。
「無事で何よりだ」
「おかえり、アウローラ」
さっきまで眠そうだったユリウスも背筋を伸ばして締まりのなかった表情を見せないでいる。
それは単にアウローラだけならともかく後ろにいる人物にまで小言を言われたくないからだ。
「失礼します、陛下。アンテミウス、ただいま戻りました」
「ご苦労だったな、アンテミウス。お前たちも入れ」
部屋に入るなりアンテミウスはユリウスの顔を見て眉をしかめる。
「ユリウス、また徹夜していたのか。没頭するのは構わないがお前は軍師としてだな——」
「ああ、もう……うるさいのが帰ってきた。ぼくのことは良いから本題に入ろうよ」
「良いわけがないだろうが、そもそもお前はだな——」
「アンテミウス、後にしてやれ。あまり客人を待たせるものではない」
開けられたままのドアの方に視線を向けるとアンテミウスもしまったという顔でドアへと向かう。
外に向かって声をかけるとシドとアーラが入ってくる。二人はアレックスの前に進みでると跪いて挨拶をする。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。シドと申します」
「ア……アーラ、です……」
アーラは半歩下がって体の半分をシドに隠すようにしている。
「よくぞ参った、歓迎するぞ。堅苦しい挨拶は抜きだ、皇帝ではなくアウローラの兄として接してくれ。さあ、遠慮せずにこっちに来て座れ」
タイミングを見計らっていたのか従者がお茶とお菓子を運んでくる。
促されて席に着くとアーラの隣にアウローラが座って手を握る。少し離れた席にユリウスとアンテミウスも席につく。
男性が苦手なアーラだったがアウローラの気遣いと淹れたての茶の香りで落ち着きを取り戻したのか表情も幾ばくか和らいでみえる。
「通信会議で顔は覚えていたぞ、ウェッターの一番弟子」
「一番弟子だなんて……、でもトルネオさんにはたくさんの事を教えてもらっています」
「そうか、では師の元を離れて見てきた共和国はどうだった」
いきなり本題かと少々驚いたが急ぐ理由があるのだろうとシドは間をおかずに答えることにする。
「あの国は異界の産物でできています。技術レベルもですが、文明の発展の仕方が全く違っている。暮らしている人たちもどこかこの世界と違う感じがするけど、……混じり合った結果なのかもしれない。多分ですが、建物や道具は別世界から来たもので……彼らはそれをカヴレスと呼んでいました」
シドはラウェストで見てきた道具の数々や高層の建物、文化様式の違いを語る。ユリウスは興味津々で聞き入っていた。
「結論をいうと、異世界の道具や建物……規模が大きいけど街が丸ごとこの世界に召喚、もしくは……入れ替えられてできた国…………、それがシレゴー共和国です」
アレックスもユリウスも疑ってはいなさそうだった。荒唐無稽な話を事実と受け入れてその先を考えているようだった。
「都市が丸ごと入れ替わる……、それなら人も同じようにこちら側へ来ている、逆に向こう側へ行った人間もいる、ということだろうな」
街が丸ごと別世界からやってきたのであればそこの住人も一緒のはず。ユリウスも同じ疑問を持っていたようでシドに返答を促す。
「そうですね……確実ではありません、見分けがつかないですから。それと…………」
横目でアーラの顔をみる。アーラはいつでも自分の判断を尊重してくれる。たとえ失敗しても責めることなどしない。だからこそ慎重になるが、背中を押してくれる存在でもあった。
「俺や一緒にいる弟妹は異世界からこちらに来た人間です。それぞれが持つ戦争の記憶は同じものだと思っていたのに年齢を考えれば一致するはずがなく、この世界で起きたことと符合しない。違う世界でたまたま似たような経験をしただけで全員が時間も居た場所も別世界だった、そう考える方がしっくりくるんです」
誰も嘘だと思っていないことがシドには驚きだった。少しぐらいは疑われるだろうと思っていたのに皇帝も側近の軍師もシドの話を受け入れているようだった。
「……その、疑わないのですか?」
「疑う? 何を? あのウェッター商会の名に傷をつけるようなことをよもやすまい。俺の見立てでは共和国の中枢にいる人物も異世界人なのだろう。元の文化や歴史が違えば考え方も行動も変わる。重要なのは何をしようとしているのかだ、奴らの行動はわけがわからんことが多いからな」
「攻めてきたと思ったら帰っちゃうし、何がしたいんだか」
ユリウスも共和国の行動に手を焼いている。意味のないところを攻撃して退却していく、そんなことが幾度もあった。
「俺たちの記憶からも、異世界との行き来は戦争が共通点です。戦争自体が鍵なのか、それとも異変を引き起こすほどの事象を起こす何かがある」
「魔道兵器……か」
アレックスの答えにシドは首を盾に振る。そしてシドの視線はユリウスに移る。
「攻めてくる場所は毎回変わる。でも大きな区画としてみた場合には同じところを攻めている、違いますか?」
「ご名答、ぼくらの接敵記録を誰かさんが流したのかなぁ?」
アンテミウスを揶揄うつもりでにやけ顔の視線を向ける。だがアンテミウスは表情を変えずにあっさりと認めてしまう。
「ああ、覚えている限りの情報を伝えた。驚くべきことに3カ所に絞られることが分かった。この事実を知った時には私も目から鱗だったよ。帝国の軍師でも見抜けなかった事実だからな」
「それってどういう意味かな?」
勝ち誇った笑顔を見せられてユリウスの片眉が上がる。一触即発の雰囲気もアレックスの声で大人しくなる。
「何もないところを攻撃してくることがあり、俺にも誤爆としか思えなかった。どういう意図があったのだ?」
「境界を探しているんです。恐らく異世界の地図があるのでしょう。この辺りに街があったはず……そんな感じで砂をかき分けて探し物をするように少しずつ探り当ててようとしている」
「なるほど……、一気に出来ないのはエネルギー不足か」
「いえ、範囲が絞られれば一気に魔力反応を起こすつもりでしょう。ただそのエネルギー源の確保もしているようでした。それは……」
シドが話にくそうにしているのを見てアウローラが口を開く。
「森にいる魔物は恐らくですが、人工的に繁殖させたのだと思います。同型の魔物に比べて小型でどこか野生味にかける……、魔物の群れを手懐けたのではなく騎馬のように飼育し訓練しているのでしょう。実際にある研究所では様々な実験がされているようでした」
獰猛な魔物を飼育するなど考えもつかず流石のユリウスも驚いている。
「なるほどね、生まれた時から手懐けちゃえば良いって考えか」
「魔物を戦力とするほかにも恐らく魔石が関わっているのだと思います。魔石をエネルギー源とした様々な道具は魔物のそれで賄える。でももっと大きなエネルギーが必要とした場合に適した魔石……」
「獣人の魔石」
アレックスの言葉で空気が一気に重くなる。
アンテミウスが獣人を使ったキメラやマリヴィに関することを説明するとユリウスも大きな溜め息を吐く。
「町で普通に暮らしている者もいるそうですが、差別され何かあれば即逮捕。連れ去られた獣人たちの処遇は言葉では言い表せられないぐらい酷いモノでした」
「獣国への侵攻も宗教を盾にした獣人狩りも魔石を目的とした人権侵害……、いや、奴らにとっては魔物と同列にしか見ていないのだろうな」
アレックスの言葉にユリウスが反応する。
「そうなると教会も裏で繋がっていると見た方がいいね。今のところは動きがないけど、王国とは繋がりがあるっぽいしね。やだなぁ……また一歩現実に近づいたじゃないか」
特大のため息を吐くとユリウスはズルズルと椅子に身体を沈み込ませていく。
何の話かはアレックスとユリウスにしか分からず、他は顔を見合わせるだけだった。
「十分だな」
「えっと、何が、です?」
意図を図りかねてシドが聞き返すと外から衛兵の声がする。
「伝令! 国境付近で共和国軍からの攻撃を確認! 現在、三カ所で交戦状態に突入との知らせ」
「今だと⁉︎」
アンテミウスは思わず立ち上がる。
「あーあ、やっぱりね」
ユリウスのやる気のない言葉をアンテミウスが叱ろうとする前にシドが疑問を口にする。
「予見していたのですか?」
「君たちが行った後、様子を探らせていたんだけど……泳がされている感じがしたんだよ。そしたらア……陛下が迎撃の準備しろっていうし、侵攻のタイミングまで計算させられてもう散々だよ。今から戦争だし」
緩慢な動きでユリウスは立ち上がると腕を高く上げて凝った身体を伸ばしてほぐしていく。
「連絡はないがセレナたちが首都に突入を開始したタイミング、攻撃を開始して油断していると思っているのだろうが迎撃準備はできている。奴らにとって首都など墜とされても奪った土地に異世界が発現すればそこが奴らの首都になるから構わんのだろう。我が国とベルブラントにはさぞ立派な都市が存在しているのか? しかし、なかなかの博打だな」
一切動じることなくアレックスは笑っている。
「いくぞ、ユリウス、アンテミウス。速やかに撃退し、そのまま共和国へ向かう。名目は獣人保護と獣国の支援、後はそうだな……非人道的行為への糾弾だ」
「前線までの行軍はどうなされるのです? 全速で進んでも5日はかかります」
「ああ、それ大丈夫だから。事前にゼピュロスから転移装置を借りたんだ。他の戦地へは時間が掛かるけど……」
「あ、あのう……」
今まで黙ったままだったアーラの声が聞こえて一斉に注目する。アーラはそうなるのがわかっていたのかシドの背中に隠れてしまっている。
「ルシファーなら皆さんを送り届けられると……思います。…………ルシファー、お願いできる?」
「勿論です」
突然現れた魔族の女性にユリウスたちは驚くが、アレックスは動じない。むしろそれすらも予見していたかのようだ。
「……なぜか心外ですね。やはりやめておきましょうか」
「そんなこと言わずに協力してくれ、ルシファー。せっかく勇気をだしたアーラが困るだろう?」
「それは私も困ります」
国境線では共和国軍が使役する魔物が押し寄せ交戦が開始される。
時を同じくしてゼピュロス領内のベルブラント近郊でも共和国軍との戦闘が繰り広げられていた。




