共和国探訪 side X Ⅱ
ラボに戻ったエイダは嬉々としている。
「お帰りなさい、博士。やけに嬉しそうですが、例の件で何か発見でもあったのですか?」
ベッド代わりのソファーに身体を沈めると研究者のひとりが話しかけてくる。
「発見は今からあるかもしれないねぇ。……それにしてもボク、そんなにも嬉しそうに見えたかい?」
「ええ、それはもう。ここ最近は研究につながる新しい発見がありませんでしたし……、もしかして研究に進展が⁉︎」
「早まってはダメだといつも言っているだろう。だが、面白いことが起きるのは間違いない」
周りにいる他の研究者たちも興味津々で話の輪に入ってくる。
ここに居る研究者たちはエイダの頭脳と知識、研究に対する情熱に憧れて師事している。
魔法と科学、この世界にない技術の再現に魅せられた事は間違い。だがそれ以上にエイダの狂気に触れて自分自身も狂ってしまったのだ。
もちろん倫理観の違いに抵抗する者もいる。一線を易々と超えられる者ばかりではない。
それでもここに居るのは狂ってしまった自覚があって自分の意思で残る者たちばかりなのだ。只々、己の知識欲と研究心だけで頭と体を動かし、道徳と倫理を置き去りにしてエイダを追いかけている。
そうでもしないとこの天才には追いつけないと、誰もが気がつきそうなってしまうのだ。
「件の魔王がやって来る。あの膨大な魔力を使えばゲートどころか、反転すら理論上可能なのだから! ……ああ、何から試そうか、待ち切れないねぇ」
恍惚の表情で虚空を見つめ、その手で数式を描きだす。見えない数式に周りの研究者は目で追ってどうにかして内容を把握しようとしてできずに肩を落とす。
「は、博士! 今の数式は⁈」
「お願いです、私たちにも分かるように……」
「ダメだよ、人の研究をのぞき見るようじゃ。これは頭の良い君たちに理解できる代物じゃないさ。もっと……そう、子供じみた悪戯のような、実験とも言えないただの好奇心による行動の結果を計算してみただけさ。さあ、実験の準備……、いや来客をもてなす準備をしなきゃね」
研究員たちは慌ただしく持ち場へ戻っていく。
扉が開くとすれ違いざまに研究室には似合わない軽装の人物が入って来る。
ショートパンツにパーカー、フードを被り手はポケットに入れたまま。フードからみえるウェーブのかかった髪で顔はよく見えないが、その奥から刺す鋭い視線に研究員たちは慌てて道を開ける。
その人物は真っ直ぐにエイダの元に向かうと先にエイダから声をかけられる。
「やあ君かあ、調子はどうだね? 思惑通りに行って気分が良いんじゃないかい」
「うるせえよ、それはお前がだろう?」
「ああ、想定以上だよ。なんせ……あの魔王が来てくれたんだからねえ。魔導兵器をどこかへ消してしまうような存在だよ? 流石に生物は無理みたいだけど色々気になるじゃないか、君もそうだろう、ロージア君」
「…………」
エイダの前に立つ人物はロージアだった。
潜入任務の際に捕らえられ行方不明であったが、エイダによって【犠牲の上に立つ命】を植え付けられ不死身となった。ベルブラント襲撃に参加してアルドーレとヘルマとは敵として再会を果たす。
「不死を願ってやまない連中がいるのに君は死にたがっている。かつての仲間では無理でも魔王なら話は別……そう考えたのだろう? 君の算段どおりなのだからもっと喜びたまえよ」
「……うるせえつってんだろ? こうなることも込みでウチの身体を弄ったんだろうが。魔王が来て国が滅ぶとは考えねぇのかよ」
「国が滅ぶ? それがどうかしたのかい?」
「はぁ⁈」
全く意に介さず真顔で答えるからロージアは眉をひそめる。
元々まともな思考など持ち合わせていない事は分かっている。そもそも敵の捕虜を不死にするなど利敵行為だ。
ロージアの考えではエイダの勝手な判断だったのだろう。
裏を返せばそれだけの権限がある。
では、何故そのようなことをしたのか、それを問うことが目的でここ来たのだ。
「どうでも良いってわけか? マジで狂ってんな。ウチをこんなにしておいてお前の本当の目的はなんだ?」
エイダはニヤリと笑うとしばらくの沈黙のあと口を開く。
「そう言えば、ちゃんと話すのは初めてだね。ここに来る権限を与えた事、別に知らせていなかったのに……勘がいいねえ」
余裕というよりも勿体ぶった口調にロージアは苛立ちを覚える。
「ざっけんなよ! 他にもウチに何かしてんだろ⁉︎ さっさと質問に答えろ!」
「ふう……、せっかちだねえ。もっと過程も楽しまないと。おっと、これ以上はボクじゃなくてラボを壊されそうだ」
エイダはソファーから立ち上がるとテーブルに飾られたアンティークな置物を手にしてロージアにみせる。
「これは時間を表示する道具、時計だ」
「……そんなもん見れば分かる」
「では、これも時計だとわかるだろうか?」
エイダは袖をめくって自分の腕をみせる。手首には金属の腕輪に丸い小さな時計がついている。短針と長針は置物の時計と同じ数字を指していて細い秒針はスムーズに回転して時を刻んでいた。
「……見たことないぐらい小さいが、時計だろう。それと何の関係が――」
「このサイズの時計、それどころか腕時計はこの世界では何処にもないのだよ。カヴレスと呼ばれる異世界から転移してきた遺物、しかもこの腕時計が作られたのはボクが居た世界なんだよ」
一瞬言葉に詰まったロージアにエイダは間髪入れずに続きを話す。
「ボクの目的はただ一つ、元の世界に帰ることさ。魂を置き去りに、いやどういうわけか繋がってはいるのだけど、文字どおりこの身一つでこんな世界に来てしまった。それはそれで、ここでの研究は楽しいからね、行き来できるようにするのだよ。その為に色々計画を練ってきたし実験もしてきたが上手くいかなかった。だけど巨大なエネルギー源が目の前にやって来るのなら……」
エイダは不気味に笑う。それをロージアは舌打ちをして睨め付ける。
「そうかよ、分かっちゃいたけどウチとの契約も反故にするつもりなんだな」
ロージアは両手をポケットから出そうとしたが、またエイダの言葉に動きを止められてしまう。
「敬愛する団長殿を甦らせる、だったね。できる可能性があるかも知れないといったはずだが根拠がないわけではない。さっきも言ったとおりボクの魂だけは元の世界に置き去りになっている。だが仮にボクはすでに死んでいて、所謂あの世というところに魂があるならそれを呼び戻す必要がある。それは即ち、蘇り……なのだよ。肉体と魂をつなげるパスも魔力によるものなら、その痕跡から探り当てて新たに生成した肉体に入れる。まあ実験は必要だろうけどね」
「本当に……できるのか?」
一縷の望みにかけるロージアに微笑みかける。
「やってみせるさ、だから協力してくれたまえ。仮にモルコビアが更地になって生贄がなくなってしまった時は、君を甦らせる実験に使わせてもらうよ」
「断る」
「おやおや、本当に死にたがりだねえ」
ロージアは無言で踵を返す。
「目的の為なら他人の犠牲は厭わない。君も大概だねえ」
エイダはテコたちが首都へ潜入できるように手を回す。彼女の企みどおりにことは進んでいたが、天才を以ってしても想定外なことは起きる。
時を同じくして変数が首都モルコビアに到着する。




