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召喚余剰人員の為、魔王は任せて異世界満喫?!  作者: 倉地冬馬
第一章:やはり一人は寂しいものです

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第9話 朝食:身分証:ギルド

 携太(けいた)が一階へ降りると、焼きたてのパンと温かなスープの匂いが入口近くまで(ただよ)っていた。


「あ、おはようございます、携太さん」


 カウンター横のテーブルに朝食を並べていたエレナが、こちらに気づいて顔を上げる。


「おはようございます」


「眠れましたか?」


「はい。ぐっすり眠れました」


「それは良かったです」


 エレナはほっとしたように微笑(ほほえ)んだ。


 携太はそのまま宿の入口へ向かい、扉へ手をかける。


「あれ? もうお出かけですか?」


「はい。何か食べる物を買いに行こうと思って」


「朝食ですか?」


「ええ。二階までいい匂いがしてきて。それで、昨日から何も食べてなかったことを思い出したんです。腹が減ったと思ったら我慢できなくなって、そのまま降りてきました」


「でしたら、良かったら一緒に食べませんか?」


「良いんですか?」


「はい。今日は少し多めに作っていますから」


 エレナが奥へ顔を向ける。


「お父さんも、いいよね?」


「ああ、もちろんだ」


 奥の席に座っていたバルトが、快く(うなず)いた。


「携太さん、よろしければ食べていってください」


「それじゃあ……お言葉に甘えます。この辺で食事ができるところを知らなかったので助かります」


「すぐに用意しますね」


 エレナに勧められ、携太はカウンター横のテーブルへ向かった。


 椅子(いす)へ腰を下ろそうとしたところで、エレナの視線が携太のポケットへと向けられる。


 何を気にしているのかは、聞かなくても分かった。


 昨日の黒い板のことだろう。


 だが、エレナはすぐに視線を外し、朝食の用意へ戻った。


 携太は小さく息を吐き、椅子へ腰を下ろした。


 席に着くと、エレナが携太の前に朝食を並べてくれた。


 硬めのパンと野菜のスープ、それに薄く切った焼き肉が少し。


 派手ではない。


 けれど、湯気の立つスープをひと口飲むと、昨日から落ち着かなかった胃がようやく静まった気がした。


 そこで、携太はふと疑問(ぎもん)に思ったことを口にする。


「そういえば、どうして奥の食堂ではなく、ここで食べているんですか?」


「ああ。奥にいると、お客様が来たり出て行かれたりした時に気づかないことがありましてね」


 バルトは何でもないことのように答えた。


「それに、まあ……色々とありまして。いつしか、こっちで食べるのが普通になっていたんです」


「そうだったんですね。すみません、変なことを聞いて」


「いやいや、気にすることではありませんよ。理由を知らなければ、疑問に思うのも無理はありません」


 バルトは(おだ)やかに笑った。


 そして、話題を変えるように少し姿勢を正す。


「それで、携太さん」


「はい」


「ギルドカードはお持ちですか?」


「ギルドカード……ですか」


 思わず聞き返しながら、携太は内心で小さく反応した。


 ギルドカード。


 異世界ものではおなじみの身分証(みぶんしょう)だ。


 まさか、この世界にもあるとは。


 だが、自分がそんなものを持っているはずがない。


「いえ。たぶん、持ってないと思います」


「それも記憶にありませんか」


「すみません。少なくとも、今の手持ちにはありません」


「なるほど……」


 バルトは少し考えるように頷いた。


「ギルドカードは、身分証のようなものです。街の外へ出る時や、仕事を受ける時、物を売る時にも必要になることがあります」


「身分証……」


 携太はパンを持つ手を止めた。


 考えてみれば、必要になるのは当たり前だった。


 今の携太には、自分が誰なのかを示すものが何もない。


 城を出る際にもらったのは金だけ。


 だが、それだけでは、この街で暮らしていくには足りない。


「城を出る時には、そういうものは何も渡されませんでした」


「でしたら、ギルドへ行ってみるといいですよ」


「ギルドへ?」


「ええ。過去に登録があれば、照会(しょうかい)して再発行(さいはっこう)してもらえるはずです。もし登録がなければ、その場で新しく発行する相談もできます」


「なるほど……」


 携太は頷いた。


 自分が登録などしているはずがない。


 だが、バルトには、記憶が曖昧(あいまい)なだけで、どこかの国で生活していた人間に思われている。


「まずはギルドの受付で事情を話してみるといいでしょう。発行か再発行か、どちらが必要かもそこで教えてもらえるはずです」


「分かりました」


 そこまで聞いて、携太はふと気になったことを口にした。


「ちなみに、登録って難しいんですか?」


「簡単な確認と登録料(とうろくりょう)くらいです。読み書きができなくても、代筆はしてくれます」


「登録料……」


 携太は反射的に腰の巾着袋(きんちゃくぶくろ)へ手をやった。


 中には、当面使うために残しておいた硬貨が数枚入っている。


「大丈夫、高くはありません。正確な額は忘れましたが、ここの宿代より安いはずです」


(75,000イエン以下……いや、高いよ)


 まだ収入がない以上、出費にはどうしても慎重(しんちょう)になる。


 だが、稼ぐためには身分証が必要になる。


 そう考えれば、ここで渋っている場合ではなかった。


「では、行ってみます」


 口にしてから、携太は少しだけ緊張した。


 ギルド。


 異世界ものでは定番の場所だ。


 けれど、自分が実際にそこへ行くとなると話は別だった。


 知らない人間が集まり、武器を持った者もいる。


 自分は剣も魔法も使えない。


 頼れるものといえば、便利ではあるが戦闘向きではないスマホだけだ。


(まずは身分証。稼ぐため。生きていくためだ)


 携太はそう自分に言い聞かせた。


 バルトは食堂の隅から古い紙を一枚持ってきて、簡単な地図(ちず)を描いてくれた。


 安眠亭を出て通りをまっすぐ進み、市場の角を曲がる。


 その先に、ギルドの建物があるらしい。


「迷ったら、人に聞けばいいですよ。ギルド会館は目立ちますから、すぐ分かるはずです」


「ありがとうございます」


「帰りに市場や食事を出す店も見ておくといいでしょう。これから暮らすなら、早めに場所を覚えておいた方が困りません」


「そうですね。帰りに見てみます」


 本来は食事が付いていないのに、朝食までご馳走になってしまった。


 何か手頃な食べ物でも買って帰れないだろうかと、携太はぼんやり考えた。


「それと、無理はしないように。今日は登録だけして帰ってきても構いませんからね」


「そ、そうですね。街の外には絶対に出ません」


 携太がそう答えると、バルトは満足そうに頷いた。


 朝食を終え、携太はバルトから受け取った地図を手に立ち上がった。


「それじゃあ、行ってきます」


 そう言って宿の扉へ向かおうとしたところで、エレナが少し迷うように口を開いた。


「あの、携太さん」


「はい?」


「昨日の黒い板のことですけど……無理に話さなくても大丈夫ですからね」


 携太は一瞬、返事に詰まった。


「携太さんにも、話しにくいことはあると思いますから。でも、話せることがあったら、その時は教えてください」


「……うん。分かった」


 何も聞かれなかったわけではない。


 ただ、問い詰められなかっただけだ。


 携太には、それが少しだけありがたかった。


 今すぐ何かを話すことはできない。


 それでも、いつかはきちんと向き合わなければならない気がした。


 携太は小さく息を吸い、もう一度エレナへ向き直る。


「それじゃあ、行ってきます」


「はい。お気をつけて」


 エレナに見送られ、携太は安眠亭の扉を開けた。


 王都の朝は、すでに大勢の人で動いていた。


 荷車を引く商人。


 店先を掃く女将(おかみ)


 通りを駆けていく子ども。


 遠くで鳴る(かね)の音。


 携太は人の流れに(まぎ)れながら、ギルド会館へ向かって歩き出した。


 やがて、通りの向こうに大きな建物が見えてくる。


 入口の上には、三つの看板が並んで掲げられていた。


 赤い炎を背にした剣と盾。


 金色の天秤(てんびん)と硬貨。


 青い歯車(はぐるま)


 それぞれの下には、文字が刻まれている。


 冒険者ギルド。


 商人ギルド。


 職人ギルド。


 どうやら、一つの建物に複数のギルドが入っているらしい。


 その下を、武器を持った者や荷を抱えた商人、作業着姿の職人たちが次々と出入りしていた。


「……ここか」


 携太は立ち止まり、建物を見上げた。


 想像していたよりも、ずっと物々しい。


 ――でも、と携太は思う。


 物語の中でしか見たことのなかった光景が、今、まさに目の前で動いている。


「……ちょっと、面白いかもしれない」


 不安より、好奇心が勝っていた。


 携太はひとつ息を吐き、ギルド会館の扉を押し開けた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


安眠亭で朝食をご馳走になった携太は、身分証を手に入れるためギルドへ向かうことになりました。

次回は、いよいよギルド会館での登録です。


続きも読んでいただけると嬉しいです。

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