第7話 黒い板:約束:初めての夜
携太は宙に浮く黒い板を手に取った。
見覚えのあるその物体は、携太の手元で、見慣れた待受画面を表示していた。
「なんでここに……」
当たり前の疑問を抱きながらも、鳴り続ける音をどうにかしたい。
携太は画面を数回タップし、スライドさせる。
ピピピピピ、という音が止まった。
その一部始終を見ていたエレナとバルトは、恐る恐る近づいてくる。
それに気がついた携太が、慌ててスマホをポケットにしまう。
するとエレナが我を忘れたように、勢いよく迫ってきた。目をぱちくりさせながら、食い入るように携太を見つめる。
「今のは何ですか!? トントンって触って、シュッてしてましたよね!? 何をしていたんですか!? 無詠唱でアイテムを目の前に出すなんて、見たことも聞いたこともないですよ!!」
「えっと……たぶん、俺の大事な物だと思う」
「たぶん、ですか?」
「うん。見覚えがあるというか……自分の物だっていう感覚はあるんだ。でも、どうして急に出てきたのか分からない」
携太は言葉を選びながら答えた。
嘘をつきたいわけではない。だが、本当のことをすべて話せるほど、携太自身も状況を理解できていなかった。
「それに、さっきも言ったように、今は少し記憶が曖昧なところもあって……。今日一日で色々ありすぎたから、少し整理したいんだ」
「さっき触って何をしたかだけでも――」
エレナがさらに身を乗り出しかける。
「エレナ」
バルトが静かに名前を呼んだ。
その声は優しかったが、止めるには十分だった。エレナははっとして、口を閉じる。
「申し訳ありません。娘は好奇心が強いもので」
「いえ、大丈夫です。俺も、ちゃんと説明できなくてすみません」
携太は頭を下げた。
「いえ。無理に聞くつもりはありません。今日は休まれてください。色々あって、お疲れでしょう」
「ありがとうございます。明日、もう少し落ち着いたら……分かる範囲で話します」
「はい。それで十分です」
バルトはそう言うと、エレナに鍵を渡した。
「エレナ、一号室に案内してあげてくれ」
そう言って、バルトは軽くウインクをした。
「……! はい!」
エレナは何かを察したようだった。
「携太さん、こちらです!」
◆
エレナが案内したのは、二階の一番手前の部屋だった。
「一号室です!」
エレナが扉を開ける。
部屋は……思っていたより広い。
窓からは街の灯りが見え、落ち着いた茶色のカーテンが掛かっている。床は木材で、軽く歩くとギシリと音がした。
壁際にはシングルベッド、窓際には机と椅子、反対側の壁際にはタンスと洗面台。そして部屋の中ほどには二人掛けのソファ。
自分一人で泊まるには十分すぎるほどの部屋だった。
「この部屋、広いね」
「えへへ、一番いい部屋なんです」
エレナが笑顔で答えた。
「いいの?」
「良いんですよ! お父さんが、ここの鍵を渡したんですもん」
エレナは嬉しそうだった。
「ありがとう」
携太は頭を下げた。
「それじゃあ、今日はゆっくり休んでくださいね」
エレナはぺこりと頭を下げ、部屋を出ていった。
◆
一人になった。
携太は深く息を吐いた。
(とりあえず、一晩考える時間はできたな……)
今日一日で、色々なことがあった。
召喚され、知らない街に放り出され、宿に着いたかと思えば……スマホが出現した。
携太はベッドに腰かけた。
スマホのことを調べたい。でも、体が重い。
元の世界で寝る前に転移して、寝ずに活動していたから、眠気の限界に達していた。
(明日……明日ちゃんと調べよう……)
携太はそのままベッドに横になった。
窓の外を見ると、外からは少し賑やかな声が聞こえていた。それでも眠気が勝るほど疲れが押し寄せている。
異世界での、最初の夜。
携太は、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
突然現れた黒い板――スマホについて、携太自身もまだ分からないことばかりです。
ひとまず異世界での最初の夜を迎えた携太ですが、次回からは少しずつこの世界での生活が始まっていきます。
続きも読んでいただけると嬉しいです。




