第3話 女兵士:ブレスレットの行方:見知らぬ街へ
玉座の間を出ると、長い廊下が続いていた。
石造りの壁、天井から吊り下げられた燭台、窓から差し込む柔らかな光。廊下の両側には、等間隔で鎧や剣が飾られている。歴代の騎士たちの武具だろうか。
携太は兵士の後をついて歩きながら、周囲をきょろきょろと見回した。
(凄いな……まるで映画のセットだ)
異世界転移の漫画では何度も見た光景だが、実際に体験すると感動がまるで違う。
兵士の甲冑が軽い金属音を立て、規則正しく床を踏む音だけが、静かに反響していた。
窓の外を見ると、城下町が一望できた。
さっきまで自分がいた東京は、夜だったはずだ。けれど、この世界の空には明るい陽が差している。時間の流れまで違うのか、それともただの時差のようなものなのか。携太には分からなかった。
城のすぐ下には、整えられた区画が広がっている。白や淡い灰色の石造りの建物、広い通り、手入れされた植え込み。さらに外側へ目を向けると、建物の大きさや屋根の色が少しずつ変わっていくのが分かった。
途中には高い城壁があり、その向こうには、より多くの家々が密集した街並みが続いている。さらに遠く、もう一つの城壁の先には、川と平原、そして山々まで見えていた。
どうやらこの街は、城を中心にいくつもの輪を描くように広がっているらしい。場所によって暮らしている人々の立場や裕福さも違うのだろうと、携太はぼんやり思った。
(本当に、異世界に来たんだな……)
携太は立ち止まり、しばらくその景色を眺めた。
兵士も気づいたのか、足を止めて振り返る。
「……どうですか? あなたの国とは違いますか?」
声が――女性だった。
携太は驚いて兵士の方を向いた。
鎧越しの体格から、そうかもしれないとは思っていた。けれど、声を聞いてようやく確信する。
「あ、はい……。その……女性なんですね」
「ええ。驚かれましたか?」
「少し。……女性の兵士って珍しいんじゃないかなって」
「この国では、最近増えてきているんですよ。まだ少数ですが」
兵士の声は落ち着いていて、優しい響きがあった。顔は兜で完全に隠れており、表情は見えない。
「そうなんですね」
携太は再び窓の外に目を向けた。
「あの……」
兵士が少し躊躇うように口を開いた。
「我が国の都合で召喚に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
丁寧に、深々と頭を下げる。
「あ、いえ……顔を上げてください。こういう召喚って、元に戻れないのが定番ですし。実際、困ってないと言えば嘘になりますけど……」
「……戻れる方法が、見つかるといいですね」
兵士が顔を上げる。その声は、少しだけ柔らかくなっていた。
「ありがとうございます。でも、元の世界に、どうしても戻りたい理由もないんですよね」
「そう……なんですね」
「ええ。仕事はあったけど、それだけって感じで。家族もいないし、友達も……まあ、ほとんどいなくて」
携太は自嘲気味に笑った。
「あ、でも――」
ふと思い出して、携太は話しながら右手首に触れた。
「別れを言えない人がいるのが、心残りですね」
指先に、あるはずの感触がなかった。
「……あれ?」
携太は慌てて右手首を見下ろした。
そこには何もなかった。
召喚されてからは、次々と起こる出来事に気を取られ、手首のことなど気にする余裕もなかった。
ほんの数時間前、みちるから受け取ったばかりの銀色のブレスレットが、跡形もなく消えている。
「絶対外さず大事にしてね」
――あの声が、まだ耳に残っている。
約束したのに。
「ブレスレット……持って来れなかったのか……」
携太はがっくりと肩を落とした。
他の四人は、刀や大剣、杖や書物を持ってきていたのに。イレギュラーな転移だったからかもしれない。
「大切なものでしたか?」
兵士が心配そうに尋ねる。
「ええ、まあ……。幼馴染からもらったお守りだったんです」
「そうですか……」
兵士が少し俯いた。何か言いたげな様子だったが、結局何も言わなかった。
「でも、まあ仕方ないですよね。気持ちは受け取ったってことで」
携太は気持ちを切り替えた。
「それより、これからどうなるんでしょうか?」
「ああ、はい」
兵士が姿勢を正した。
「これから、王命にて金貨三十枚をお渡しします。金貨一枚で10,000イエン。つまり、300,000イエンですね。金貨で数える者もいれば、イエンで言う者もいますが……暮らしていくうちに慣れるでしょう」
兵士は廊下の先へ視線を向けた。
「これで、安宿なら三ヶ月ほどは暮らせます」
「え、けっこう持つんですね」
「贅沢をしなければ、ですが」
兵士は小さく笑ってから、廊下脇の部屋へ視線を向けた。
「支給品は、この先の管理室で受け取ることになっています。少しだけお待ちください」
そう言って兵士は、廊下脇にある小さな部屋の前で足を止めた。扉の内側には、書類を抱えた文官らしき人物が数人いる。
兵士が中へ入って短く事情を伝えると、文官の一人が棚から巾着袋を取り出した。中身を確認し、書類に何かを書きつけてから、袋ごと兵士へ差し出す。
兵士はそれを受け取り、すぐに携太の前へ戻ってきた。
「こちらが、王命により支給される金貨三十枚です」
「ど、どうも……」
兵士が手のひらより少し大きい巾着袋の口を開け、中身を見せる。鈍く光る金色の硬貨が何枚も重なっていた。
袋自体もしっかりした作りで、金貨を使い切った後も小物入れくらいには使えそうだった。
携太は両手で受け取った。思ったよりも重い。金貨三十枚という言葉だけではぴんと来なかったが、手の中の重みは妙に現実的だった。現実味のなかった異世界生活に、初めて具体的な手応えが生まれた気がした。
「それを元手に、この国で生活していただけたらと思います」
兵士が続ける。
「物価については……お店でご自身で体感なさってください。元の世界の物価がわからないので。ただ、もし仕事を見つけられそうにない場合は、城の兵士に声をかけてください。何かしら、職探しを支援します」
「ありがとうございます。でも……」
携太は窓の外の景色をもう一度見た。
「まずは、前の世界で仕事が大変だったので、のんびり過ごしてみたいと思います」
「そうですか」
兵士の声に、安堵したような響きがあった。
「前の世界より、こちらでの生活があなたにとって良いものであることを願っています」
「ありがとうございます」
携太は素直に礼を言った。
二人はまた歩き始めた。
廊下を進み、階段を降り、さらに広い通路を抜ける。
やがて大きな扉が見えてきた。城門だ。
門の前には、二人の門番が立っている。こちらも兜で顔は見えない。
兵士が彼らに向かって手を挙げ、合図を送った。
門番が頷き、重厚な扉に手をかける。
ゆっくりと城門が開いていく。
外の光が差し込み、携太は思わず目を細めた。
扉の向こうには――異世界の街並みが広がっていた。
城門の先に続いていたのは、雑多な市場ではなかった。広く整えられた石畳の大通り。左右には白や淡い灰色の建物が並び、道端の植え込みはきれいに刈り込まれている。少し先には小さな噴水があり、その向こうへまっすぐ伸びる道が、さらに外側の城壁へと続いていた。
鼻をつくような排気ガスの匂いはない。車の走る音も、機械の唸る音もない。
代わりに感じたのは、磨かれた石のひんやりとした匂いと、草木の青い香りだった。東京の空気とは、まるで違う。胸に吸い込むたび、身体の奥まで澄んでいくような、新鮮な空気だった。
けれど、その清々しさとは裏腹に――門の外に出た瞬間、道行く人々の視線が一斉に携太へ向けられた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
携太は王城を出て、ようやく異世界の街へ足を踏み出しました。
次回からは、この世界で生活していくための第一歩が始まります。
続きも読んでいただけると嬉しいです。




