第11話 依頼受注:癒月草:ハンバーグ?!
赤い掲示板の前には、十人ほどの人が集まっていた。
(これが、依頼が貼り出される掲示板か)
携太も、その輪の後ろにそっと加わる。
掲示板には、赤い紙がびっしりと貼られていた。
一枚一枚に、細かい文字が並んでいる。
(依頼のタイトルは読める……けど、詳細はもっと近づかないと見えないな)
「薬草採取」
「溝さらい」
「見張りの補助」
「ゴブリン討伐」
「荷運び」
種類はばらばらで、そのうえ数が多い。
(多すぎて、何が何だか……)
もっと近くで見たいが、すぐ前には、屈強な体つきの男が立ちはだかっていた。
背も横幅もあって、掲示板の半分が、その体で隠れてしまっている。
(とりあえず、どんなのがあるのか、見てみるか)
男の脇から掲示板をのぞこうと、携太がそっと身を乗り出そうとした――その時だった。
男が、一枚の依頼を無造作に剥ぎ取り、くるりと後ろを振り向く。
避ける間もなかった。
分厚い腕が、まともに携太にぶつかる。
体格差は歴然で、携太の体は、あっけなく後ろへ泳いだ。
(あ、転ぶ――)
そう思った瞬間、背中側から、すっと腕をつかまれた。
後ろに回り込んだ誰かが、倒れかけた携太を支えてくれたのだ。
「――っと。大丈夫ですか?」
振り向くと、クレアだった。
「あ……ありがとうございます。助かりました」
ほっと息をつく携太の一方で、ぶつかった男はというと――ぎろり、と鋭い目でこちらを睨んでいた。
岩のような顔に、太い眉。頭は光り輝くスキンヘッド。
左の頬には、古い傷跡が一本、斜めに走っている。
背には、見上げるほど大きな斧を背負っていた。
睨まれただけで、思わず背筋が伸びる。
「す、すみませんっ」
反射的に、携太は頭を下げた。
すると。
「……いや」
男の表情が、ふっと緩んだ。
「こっちこそ、悪かったな。振り向く時に、よく見てなかった。怪我はねえか?」
低く、意外なほど気づかう声だった。
「あ、はい。平気です」
「そうか。ならいい」
男は軽く手を上げると、受付のほうへ去っていった。
(……見かけによらず、いい人だな)
強面に反して、ずいぶん律儀な人だった。
おかげで、少しだけ、このギルドの空気が柔らかく感じられる。
男が離れると、塞がれていた掲示板が、ようやく全部見えるようになった。
携太は、あらためて赤い紙の群れと向き合う。
(……とはいえ、見えたところで、この数だ)
(どれが自分向きなのか、さっぱり分からない)
初めてなら、どれにしようか迷うのも無理はない。
そんな携太の様子に気づいたのか、クレアが掲示板から一枚の依頼を剥ぎ取り、携太に見せた。
「でしたら、これなんかどうですか?」
差し出されたのは、「癒月草の納品依頼」と書かれた紙。
そこには、白い小花をつけた、淡い緑の草の絵が添えられていた。
「癒月草の、納品依頼……?」
書かれた文字を、携太はそのまま読み上げた。
「はい。まず、この隅に書かれている『F』。これが、依頼の必要ランクです」
クレアが、紙の角を指でさす。
「下からF、E、D……と上がっていって、上のランクほど、難しくて危険な依頼になります。ケイタさんは登録したばかりなので、Fランク。この依頼は、今日から受けられますよ」
「なるほど……このアルファベットが、ランクだったのか」
意味が分かると、掲示板の見え方が、少しだけ変わった。
すべての依頼を見なくてもいいのだ。
今の自分が受けられるのは、Fランクの依頼だけ。
そこだけに目を向ければ、あの多さも、ずいぶんと見やすくなる。
「そして、この癒月草というのは、薬の材料になる薬草なんです。常設依頼なので、いつでも受けられますよ」
クレアは、紙の文面を指でなぞりながら続けた。
「報酬は一本につき50イエン。納品数は五十本で、納期は二週間です」
一本50イエン。
五十本で、2,500イエン。
「討伐ではないので、危険は少ないですよ。街道沿いや、そこから少し外れた草地に生えていますから」
なるほど、と携太は思う。
戦闘力は要らず、ただ草を集めて持ってくればいい。
それなら、自分にもできそうな気がした。
「あの、これって……買って納めるのは、だめなんですか?」
「もちろん構いませんよ。でも――」
クレアは、少しだけ声を落とした。
「癒月草、お店で買うと一本100イエンくらいするんです。それを50イエンで納品したら、赤字ですよね」
「……あ」
言われて、ようやく気づく。
買って納めれば、集める手間はないが、買って済むなら依頼が出るはずもない。
やはり、自分で採りに行くしかないのか。
そこで、携太の顔が少し曇る。
街道沿いとはいえ、街の外は街の外だ。
言葉にすれば簡単だが、この街の外は未知だ。
魔物が少ないと言われても、一人で城壁の外へ出るのは、正直こわい。
その迷いを見透かしたように、クレアが「あ、そうだ」と手を打った。
「特別に、いいこと教えちゃいますね」
そう言って、携太を手招きする。
向かったのは、右手側――金色の掲示板が並ぶ、商人ギルドの一角だった。
「本来、他のギルドの依頼をこうやって案内することはないんですけど」
クレアは声をひそめ、金色の紙を一枚指さした。
そこにも、あの白い小花をつけた草が描かれている。
「今、商人ギルドでも癒月草を買い取っているんです。それも、一本75イエンで」
「75イエン……さっきより高い」
「はい。ちょうど需要が重なっているみたいで。こちらも、必要数は五十本です」
「ケイタさんは商人ギルドにも登録されていますから、こちらの依頼も受けられます」
クレアは、いたずらっぽく笑った。
「もし両方受けたら、二週間で百本。集められれば、なかなかの稼ぎになりますよ」
百本。
携太は、頭の中で計算する。
冒険者ギルドに五十本で、2,500イエン。
商人ギルドに五十本で、3,750イエン。
合わせて、6,250イエン。
(群生地が見つかるといいけど……仮に五十本だけでも見つかれば、片方は納品できるわけだしな)
納期は二週間ある。
とりあえず、受注してみよう。
べつに、クレアの言葉を疑っているわけじゃない。
こんなに親切に案内してくれた人を、信じていないなんてことはない。
ただ――「一人でも平気だよ」と、そう言って背中を押してくれる誰かが、もう少しだけほしかった。
安眠亭に戻ったら、エレナやバルトにも聞いてみよう。
街道沿いの様子は、あの二人も知っているだろうし、背中を押してもらえれば、その時こそ思いきって行けばいい。
「……分かりました。両方、お願いします」
「はい、ありがとうございます。お一人でも、Fランクの依頼なら十分こなせる範囲ですから、安心してくださいね」
にこやかに言われて、携太は「そうですよね」と頷く。
頷きながら、内心は少しも安心していなかった。
(いや、こわいものは、こわいんだって……)
◆
受注の手続きは、あっという間だった。
クレアが二枚の紙と、携太が差し出したギルドカードを受付へ持っていくと、カードに依頼の内容が記録された。
返されたカードを裏返してみると、受注中の依頼名と納期が、はっきりと魔法文字で浮かび上がっていた。
(へえ……受けている依頼が、ここで確かめられるのか)
「これで、二件とも受注済みです。期限は今日から二週間ですね」
「わかりました。頑張ってみます。色々とありがとうございました」
ギルドカードを適当にポケットにしまおうとしたところで思い出した。
他人が持てばただの薄い金属の板でも、今の携太にとっては大事な身分証だ。
落としたり、盗まれたりしたら、面倒なことになる。
(……そうだ)
携太は、腰の巾着袋の口を開けた。
カードをその中へ入れる――ふりをして、頭の中でアイテムボックスへしまうよう念じる。
傍から見れば、ただ巾着袋にしまっただけ。
クレアを見ても、何も不思議がってはいなさそうだった。
これなら、落とすことも、盗まれることもない。
必要な時に、また取り出せばいい。
大事なものだから、慎重すぎるぐらいがちょうどいい。
クレアに軽く会釈をして、携太はギルド会館を後にした。
◆
「……美味しいっ」
串に刺さった肉を頬張った瞬間、思わず声が漏れた。
甘辛いたれの絡んだ肉は、ほろりと柔らかく、噛むほどに旨みがあふれてくる。
外に出た時、日はまだ高く、ちょうど昼を少し過ぎたころだった。
帰り道の市場には、香ばしい匂いが漂っていた。我慢できるはずもなく、携太は買ったばかりの串肉に、勢いよくかじりついていた。
「うまいだろ~?」
露店のおばちゃんが、腰に手を当てて、誇らしげに笑った。
「はい、すごく! ……あの、こっちのは何ですか?」
携太が指さしたのは、隣の鉄板でじゅうじゅうと焼かれている、丸い肉だった。
「そっちはねえ、うちの一番人気。ひき肉をこねて焼いたやつだよ」
「……ハンバーグみたいだ」
思わず、口の中でつぶやく。
「そう、ハンバーグさ!」
「え……?」
まさか、その名前がそのまま返ってくるとは思わなかった。
(……そうか。言葉が通じるのと同じで、料理の名前まで、俺の知ってる呼び方に翻訳されてるのかもしれない)
そう考えれば、なんとなく腑に落ちる。
(これなら……夜、三人で食べてもよさそうだな)
安眠亭は宿だが、本来、食事は出していない。
それを今朝は、特別に朝食をごちそうになった。
そのお礼も兼ねて、今夜はこのハンバーグをみんなで食べよう。
そう、携太は考えた。
「じゃあ、これを三つください」
「あいよ!」
おばちゃんは、焼きたての肉を三つ、一つの紙皿にまとめてのせて渡してくれた。
ずしりと、手のひらに温かい。
(……いや、待てよ。これ、どうやって持って帰るんだ)
受け取ってから、はたと気づく。
宿までは、それなりに距離がある。
このまま持ち歩けば冷めてしまうし、たれもこぼれそうだ。
(……アイテムボックスだな)
携太は、通りから一本、細い裏路地へと折れた。
きょろきょろと左右を確かめ、誰も見ていないのを確認してから――紙皿ごと、そっとアイテムボックスへ収めた。
容器ごと、すっと消える。
(よし。これなら冷めないし、こぼれもしない)
誰にも見られずに済んだ。
……はずだった。
ふと、足元に気配を感じて見下ろすと。
一匹の猫が、こちらをじっと見上げていた。
料理の消えた携太の手と、その顔とを、不思議そうに見比べている。
「…………」
携太は、思わずフリーズした。
猫も、動かない。
数秒の、奇妙なにらみ合い。
やがて猫は、ふいと興味を失ったように、何事もなかった顔で、てくてくと去っていった。
「……はぁ」
携太は、詰めていた息をそっと吐く。
(この世界、獣人とかもいそうだしな……もし今のがそういうやつだったら、まずかったぞ)
背筋が、ひやりとする。
とはいえ、あの去り方だ。
(うん。今のは……たぶん、ただの猫だ)
そう信じたい。
気を取り直して、携太はふたたび宿への道を歩き出した。
歩きながら、ふと、さっきの肉のことが頭をよぎる。
一人一つずつで、ちょうど三つ。
だが、量が読めない。
(あの二人、見た目より食べるかもしれないしな……)
携太は、周りに聞こえないよう、心の中でオラクルに呼びかけた。
(なあ、オラクル。こんなこと聞いていいのか分からないんだけど……あの二人って、けっこう食べると思うか? 一人一つで、足りるかな)
しばしの間があって、頭の中に、落ち着いた声が返ってきた。
『申し訳ありません。個人の食事量までは、判断しかねます』
(……だよな。変なこと聞いた)
さすがに、そこまでは分からないらしい。
携太が苦笑した、その時だった。
『ただ、もし足りない場合は、複製機能をお使いになってはいかがでしょう』
(……複製?)
聞き慣れない言葉を、携太は思わず心の中で繰り返した。
『はい。アイテムボックスに収納した物は、魔力を消費して複製できます』
(増やせるってことか? この、買ったハンバーグも?)
『はい。収納中の物であれば、同じ物を増やせます』
初耳だった。
アイテムボックスに、そんな機能まであるとは。
(それならもっと早く教えてくれてもよかったのに……)
そこまで思って、いや、と思い直す。
オラクルは、自発的には話しかけないということを忘れていた。
今だって、携太が食事のことを尋ねたから、ついでのように答えてくれただけだ。
そういえばさっき、ギルドで依頼に頭を抱えていた時も、オラクルに相談してみたら良かったのかもしれない。
『ただし、複製には最低一つ、現物が必要です。中身がゼロになると複製できません。無くなる前に複製しておくのが基本とお考えください』
(逆を言えば、一つでもあれば魔力がある限り無限に生み出せるのでは……)
理屈は分かった。
分かったのだが――
(……いや、待て。これ、けっこうとんでもなくないか?)
携太の足が、思わず止まる。
一つあれば、そこから同じ物を増やせる。
食べ物も、道具も、たぶん――薬草も。
(なあ、オラクル。たとえば、だけど)
『はい』
(一本でも癒月草が手に入れば、それを複製して、どんどん増やせるってことか?)
『魔力が続く限りは、可能です』
携太は、しばらく言葉が出なかった。
採りに行かなくていい。
危ない外へ、一人で出なくていい。
一本さえ手に入れば、あとは部屋の中で、いくらでも。
(……これ、稼ぎ放題じゃないか)
胸の奥が、じわりと熱くなる。
と同時に、ほんの少しだけ、うしろめたさもよぎった。
(買った物を増やして売るって、ちょっとズルいような気も……)
でも、と思い直す。
盗んだわけじゃない。
ちゃんと、自分の金で買っている。
危険な採取を、能力で肩代わりしているだけだ。
そう考えれば、悪いことでもないだろう。
問題は、その“最初の一本”を、どこで手に入れるかだ。
(オラクル。癒月草って、どこで売ってる? やっぱり薬屋か?)
『薬師の店でも扱っていますが、鑑賞用として、花屋に並ぶこともあります。ただし薬草として使える品質かどうかは個体差があります』
(花屋?)
『はい。観賞用の草花として、比較的安く並んでいることがあります』
花屋、か。
薬屋よりは、入りやすそうだ。
携太は、空を見上げた。
日は、まだ高い。
昼を過ぎたばかりで、時間はまだある。
今から花屋へ行って、癒月草を一本、手に入れる。
宿に帰ったら、この肉を三人で食べて――そのあと、部屋でこっそり複製を試してみればいい。
そうと決まれば、じっとしてはいられなかった。
(よし。今から、花屋に行こう)
携太は、軽くなった足取りで、通りの先へと歩き出した。
胸の中には、久しぶりに、前向きな算段があった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
携太は初めての依頼として、癒月草の納品依頼を受けることになりました。
さらに、アイテムボックスの複製機能についても知ることになります。
次回は、癒月草を探して花屋へ向かいます。
続きも読んでいただけると嬉しいです。




