第96話 蔵守りの舞
落ち牙の小さな木枠ができたのは、三日後だった。
オルドは、白い欠片を薄い木で挟み、直接触れないように布をかませた。吊るす紐は太く、子供の手が届かない高さに掛けられるようになっている。
「落とすな。濡れた手で触るな。火に近づけるな。戻す時は俺を呼べ」
オルドは何度もそう言った。
リナは真剣にうなずく。
「触らない」
「見るだけ」
「見るだけ」
カインも横で言った。
「俺も触らない」
「お前が一番怪しい」
「なんでだよ」
フィアナは、蔵守りの手順を新しく書き直した。
棚を空ける。
古い藁を出す。
床を拭く。
壺を高く置く。
火を入れる時は大人が見る。
灯りを持って、入口、左、奥、右、入口へ戻る。
灯りが濁る場所には食べ物を詰めない。
白き牙、または落ち牙の木枠は、食べ物から離して吊るす。
そして最後に、短い祈りを添える。
リナはそれを聞いて首をかしげた。
「祈りは最後なの?」
「最後がいいと思う」
アルノは答えた。
「先に手を動かして、整えて、それからお願いする」
「神様、待ってくれる?」
その問いに、フィアナが静かに答えた。
「きっと、整えるところも見てくださいます」
リナは安心したように笑った。
夕方、村の共同棚で、初めて今の形の蔵守りを行った。
大げさなものではない。
村人たちが棚を出し、布を干し、床を拭き、壺を並べ直す。ガルドが火を見て、ミレナが子供たちを近づけないようにする。オルドが木枠を吊るし、フィアナが灯りを持つ。
入口。
左。
奥。
右。
入口へ戻る。
灯りが動くたび、棚の影が変わった。
見落としていた奥が見えた。
リナが小さな声で言った。
「ほんとに舞みたい」
フィアナは灯りを胸の前に持ち、最後に短く祈った。
「この冬、置かれたものが、必要な口へ届きますように」
誰も大きな声を出さなかった。
それでも、その場にいた人たちは、自然に頭を下げた。
アルノは灯りの揺れを見ていた。
これは新しいものではない。
きっと、忘れていたものが少し戻っただけだ。
祈りが終わったあと、年寄りの一人がぽつりと言った。
「昔、母親が似たように歩いていた気がする」
フィアナが顔を上げる。
「どのようにですか?」
「覚えちゃいないよ。ただ、灯りを持って、奥を見て、戻ってきてから壺を動かしていた」
はっきりした記録ではない。
けれど、誰かの記憶の底に、形だけが残っていた。
アルノはその言葉を聞いて、胸が少し温かくなった。
失われたものは、全部消えたわけではない。




