第91話 青き石の写し
ミレヴァールから届いた写しは、薄い紙に細かな字で書かれていた。
フィアナは灯院の机に紙を広げ、慎重にしわを伸ばした。湿った国の紙なのか、ベルクレインのものより少し柔らかく、端が波を打っている。
「水蔵に用いる青き石について、ですね」
カインはすぐに身を乗り出した。
「青き石って、牙みたいなやつか?」
「分かりません。ミレヴァールでは、魚や濡れた荷を一時的に落ち着かせるために使うとあります」
「魚かあ」
リナは少し顔をしかめた。
「魚、臭う?」
「置き方が悪いと臭うと思う」
アルノが答えると、リナは真剣にうなずいた。
「じゃあ大事だね」
フィアナは写しを読み進めた。
「青き石は水を冷やすものではない。水の荒れを鎮めるもの。長く沈めるな。壺の底に直接置くな。布を挟め。曇った石は火ではなく風で戻す」
オルドが腕を組んだ。
「火で戻すな、か。白き牙とは逆だな」
「似てるけど、扱いは違うんですね」
アルノは紙の端を見つめた。
冷やす石ではない。水の荒れを鎮める石。
言い方は分かりにくい。けれど、濡れたものをすぐ悪くしないための道具なのかもしれない。
「これ、ベルクレインでも使えますか?」
リナが聞く。
フィアナは首を横に振った。
「まだ分かりません。実物がありませんし、ミレヴァールの水蔵で使うものですから」
「じゃあ、すぐには無理か」
カインが少し残念そうに言った。
「すぐじゃない方がいいと思う」
アルノの言葉に、カインが目を向ける。
「なんでだよ」
「白き牙も、すぐ使ったら危なかった。青き石も、使い方を間違えると困るかもしれない」
オルドが低く笑った。
「少しは分かってきたじゃねえか」
「少しだけです」
フィアナは写しの最後を読んだ。
「ミレヴァールの水蔵係より。ベルクレインの火入れと蔵守りについて、さらに詳しい記録を望む。青き石の欠片は冬明けの便にて送る予定」
冬明け。
すぐではない。
けれど、遠い国が返事をくれた。
リナは小さく言った。
「帳面の持ち寄り、続いてるね」
「うん」
アルノはうなずいた。
ラーデ村の小さな灯りが、遠い水蔵へ届いた。
今度は、遠い水蔵の青い石が、いつかこちらへ来るかもしれない。
フィアナは、写しの余白に小さく印をつけた。
「この印、向こうの灯院のものですか?」
「水蔵係の印です。灯院とは少し違います。ミレヴァールでは、水を守る家が灯院と並んで記録を持つそうです」
「灯院だけじゃないんだ」
カインが言うと、フィアナはうなずいた。
「国によって、守ってきたものが違うのでしょう」
ベルクレインは冬と灯りを守ってきた。
ミレヴァールは水と魚を守ってきた。
それなら、他にも別のものを守ってきた国があるのかもしれない。
アルノは、帳面の上に置かれた写しを見た。
知らないことが増えるのは怖い。
でも、知らないことがあると分かるのは、少しだけ明るかった。




