第90話 戻ってきた荷
三日後、北の橋を越えて小さな荷が届いた。
荷車ではない。
男たちが背負って運んできた、いつもよりずっと少ない荷だった。
それでも、灰色がかった粗塩の袋、油の小瓶、細い針金、そしてミレヴァールから回ってきたという薄い壺の蓋があった。
リナは粗塩の袋を見て、ほっとした顔をした。
「来た」
「少しだけどな」
カインが言う。
「少しでも来た」
アルノはそう返した。
橋が完全に直ったわけではない。凍牙猪の跡も消えていない。冬までに、もう一度大きな作業が必要になる。
けれど、道は切れなかった。
灯院では、届いた荷と一緒に小さな紙も受け取った。
グランツ大灯院からの返事だった。
フィアナは封を開き、少し緊張した声で読み上げる。
「ラーデ村の蔵守りの手順、確かに受け取りました、ミレヴァールの水蔵係より、冬の火入れについて追加の問いあり、白き牙に似た青き石について、写しを送る準備あり」
カインが目を丸くした。
「また何か来るのか」
「分かりません、でも、向こうも返してくれるみたいです」
アルノはその紙を見た。
こちらが送ったものに、返事が来た。
それだけのことなのに、胸の奥が少し熱くなる。
敵ではない。
身内でもない。
でも、足りないものを持ち寄る相手にはなれる。
ガルドが粗塩の袋を見て言った。
「次は、橋を本格的に直さないとな」
ダレスもうなずく。
「冬前にもう一度、谷を見る、今度は隣村と日を合わせる」
「凍牙猪は?」
カインが聞く。
「出れば避ける、必要なら追い払う、倒す話はその後だ」
カインは、今度は素直にうなずいた。
アルノは共同棚を見た。
保存も、橋も、記録も、一度で終わらない。
けれど、終わらないからこそ、続ける形がいる。
エルクは届いた荷の縄をほどき、濡れていないか一つずつ確かめた。
「軽い荷でも、届けば助かる」
そう言ってから、少しだけ口を閉じる。
たぶん、森から帰らなかった人のことを思い出したのだと、アルノは思った。
けれどエルクは何も続けず、次の荷へ手を伸ばした。
リナが届いた壺の蓋を大事そうに持って言った。
「これ、どこから来たの?」
「たぶん、遠いところ」
「じゃあ、ちゃんと使わないとね」
「うん」
アルノはうなずいた。
遠くから来た小さな蓋が、冬の棚を少し守る。
小さな灯りが、遠い蔵へ届く。
その反対に、遠い蔵の知恵も、ラーデ村へ戻ってきた。
冬は近づいている。
けれど、今年の村は、去年と同じではなかった。
フィアナは返事の紙を、蔵守りの帳面に挟んだ。
「これで、こちらから送った記録と、向こうから戻る記録が一緒になります」
「帳面も持ち寄りみたいだね」
リナが言う。
フィアナは少し驚いたあと、嬉しそうにうなずいた。
「はい、記録の持ち寄りです」
アルノはその言葉を聞きながら、灯院の棚を見た。物を置く棚だけではなく、知恵を置く棚も必要なのだと思った。




