第88話 残る者の蔵守り
北の橋へ向かった者たちを待つ間、村では蔵守りが始まった。
ただ待っているだけでは、不安に飲まれる。
ミレナがそう言い、共同棚の中身を一度外へ出した。
リナは小さな札を持って走り回る。
「これは早く使う」
「これは奥じゃない」
「これは匂いを見る」
カインは重い壺を運び、汗をぬぐった。
「俺、橋に行くよりこっちの方がきついかも」
「じゃあ助かる」
アルノが言うと、カインは少しだけ笑った。
「そう言われると文句言いにくいな」
フィアナは灯りを持ち、棚の四隅を順に照らした。
東、西、奥、入口。
古い供灯の動き。
けれど今は、ただの祈りではない。見落としを減らすための動きだった。
「奥の板、昨日より冷たくないです」
フィアナが言う。
「壺を減らしたからだと思います」
「置けないものは?」
「先に使うものに回します、全部を冬まで残そうとすると、全部危ない」
その判断は苦かった。
多く残したい。
けれど、残しすぎて悪くなる方が怖い。
バルナ婆さんは薬草の束を選びながら言った。
「欲張ると見放されるよ」
「加護が離れる、ですか?」
「そうだね、あんたの言い方なら、悪くなる理由を増やすってところかい」
アルノはうなずいた。
言葉は違っても、見ているものは近い。
リナは棚の前に立ち、少し寂しそうに言った。
「いっぱい置けたら安心なのに」
「見えないくらい置いたら、不安が隠れるだけだと思う」
「隠れるだけ?」
「うん、なくなるわけじゃない」
リナは考え込んだあと、小さく札を動かした。
「じゃあ、見える方がいい」
「うん」
夕方近く、共同棚は前より少し空いた。
物は減ったわけではない。置き場所を変え、使う順番を決め、奥に詰め込まないようにしただけだ。
それでも、灯りは前より奥まで届いた。
リナが小さく言う。
「帰ってきたら、見せたいね」
「うん」
アルノは答えた。
残る者にも、守れるものがある。
そのことが、少しだけ胸を支えてくれた。
ミレナは、棚から出した布を一枚ずつ確かめていた。
「これはまだ使える、これは家畜小屋へ回す、これは火のそばで乾かしてからだね」
捨てるものは少ない。けれど、同じ場所へ戻すものも少なかった。
リナはそれを見て言った。
「場所を変えるだけでも、守れるの?」
「守れることもある」
ミレナは笑った。
「人も物も、合う場所があるんだよ」




