第87話 橋を守る火
北の橋へ向かう者たちは、小さな灯入れを持って行った。
昼の作業に灯りはいらない。けれど、ダレスは必ず持てと言った。
「霧が出ることがある、雪でなくても、秋の谷は白くなる」
灯入れの油は少ない。無駄には使えない。
そこで、フィアナが芯を整えた。
オルドは風よけの金具を直した。
バルナ婆さんは、煙の少ない乾いた草を少しだけ渡した。
ミレナは布袋に焼いた芋を入れた。
「腹が空くと判断が悪くなるよ」
ガルドは黙って受け取った。
アルノは灯入れを見ていた。
小さな火。
それでも、帰る目印になる。
「橋で火を焚くんですか?」
「焚かん」
ダレスが答える。
「火を大きくすると、煙で見えなくなる、魔獣が寄ることもある、灯りは、足元と人の位置が分かればいい」
大きければいいわけではない。
灯りも、火も、牙も、香草も、使いすぎれば悪く働く。
アルノは何度も同じことを思っていた。
リナはフィアナの袖を引いた。
「灯り、消えない?」
「消えにくいように整えました」
「絶対?」
フィアナは少し困ったように微笑んだ。
「絶対ではありません、だから、替えの芯も入れました」
「そっか」
リナは納得したようにうなずいた。
絶対ではない。
でも、消えにくくすることはできる。
それが、この村の灯りだった。
出発の前、フィアナは短い祈りを捧げた。
大げさな声ではなかった。
「道の灯が、戻る足を見失わせませんように」
隣村の男たちも、少しぎこちなく頭を下げた。
同じ祈りを、同じ形で知っているわけではないのだろう。それでも、戻りたいという願いは同じだった。
アルノはその言葉を聞きながら、強く思った。
どうか、帰ってきてほしい。
祈りの前にできる準備はした。
だからこそ、祈りが胸に残った。
ガルドたちの背中が村の道を出ていく。
リナは見えなくなるまで手を振っていた。
カインは灯入れを見つめたまま、小さく言った。
「俺、強い火の方が安心だと思ってた」
「僕も、前はそう思ってた」
アルノは答えた。
「でも、強い火は遠くから見えるし、煙も出る、必要な分だけの方がいい時もある」
「なんでも、ちょうどいいが難しいな」
「うん」
ちょうどいい灯り。ちょうどいい火。ちょうどいい量の荷。冬越しに必要なのは、強さよりも加減なのかもしれない。強すぎるものを弱め、足りないものを少し足す。その繰り返しが、村の冬を支える。




