第86話 隣村の手
翌朝、隣村から三人の男が来た。
顔は険しかったが、怒っているわけではなかった。北の橋が危ないと聞けば、当然の顔だった。
「こっちの荷も止まる」
一人が言った。
「だから来た、だが、凍牙猪の跡があるなら無茶はできん」
ガルドはうなずいた。
「ダレスが見る、魔獣を追うんじゃない、橋と水を直す」
その言い方で、少し空気が落ち着いた。
倒しに行くのではない。
通れる道を守るために行く。
フィアナは灯院の机に、作業の順番を書いた紙を広げた。
一、見張りを立てる。
二、橋の手前の水を逃がす。
三、崩れた土を避ける。
四、荷車は通さない。
五、日が落ちる前に戻る。
カインがそれを見て言った。
「俺たちは?」
「村に残る」
アルノが答える。
「即答かよ」
「行っても邪魔になる」
「分かってるけどさ」
カインは悔しそうに地面を蹴った。
隣村の男の一人が、カインを見て少し笑った。
「残る方も大事だぞ、帰ってきて棚が駄目になってたら、橋を守った意味がない」
カインは一瞬黙り、それから小さくうなずいた。
「分かってる」
「ほんとか」
「今度は分かってる」
リナは小さな声で言う。
「帰ってこないの、いや」
その言葉で、カインも黙った。
帰ってこない。
リナにとって、その言葉は軽くない。
ガルドが膝をつき、リナの目線に合わせた。
「帰るために、無茶はしない」
「ほんと?」
「ああ」
「ガルドさんも?」
「俺もだ」
リナはまだ不安そうだったが、小さくうなずいた。
アルノはその横で、胸の奥が痛くなるのを感じた。
誰かが外へ行くたび、残る人は待つしかない。
だからこそ、行く人が帰れる準備をしなければならない。
フィアナは紙の一番下に書き足した。
六、必ず戻る。
ダレスがそれを見て、少しだけ笑った。
「いい手順だ」
勝つためではない。
戻るための作業が、北の橋へ向かうことになった。
隣村の男たちも、その紙を見て黙ってうなずいた。
敵でも、身内でもない。
けれど、同じ橋を使う者同士だった。
出発前、隣村の男はフィアナの紙をもう一度見た。
「字が読めない者もいる」
「絵を足します」
フィアナが答えると、リナがすぐに手を挙げた。
「リナ、火は大人の絵なら描ける」
隣村の男は少し驚き、それから笑った。
「なら頼む、うちの子にも分かるやつがいい」
その一言で、リナの顔がぱっと明るくなった。自分の描いた小さな絵が、別の村の子供にも届く。リナにはそれが、とても大きな仕事に思えた。




