第84話 行かない準備
ガルドたちが北の橋へ向かったあと、村に残った者たちは待つだけではなかった。
ミレナは布を集めた。怪我人が出た時のためだ。
バルナ婆さんは薬草を選び、苦い匂いのする小袋を作った。
オルドは鍛冶場で古い金具を出し、橋の補修に使えそうなものをまとめた。
フィアナは灯院で記録を開き、北の橋に関する古い記述を探した。
そしてアルノは、共同棚の前にいた。
「橋の心配しなくていいのか?」
カインが言う。
「心配してる、でも、橋が止まったら、今あるものをもっと持たせないといけない」
カインは口を閉じた。
粗塩が遅れる。油が遅れる。針金が来ない。
そうなれば、村にあるものを守るしかない。
アルノは棚の中身を書き出した。
干し茸。燻した肉。薬草。山羊乳の壺。灰色がかった粗塩の残り。火入れ用の乾いた枝。布袋。
多いものと少ないもの。
すぐ使うものと、冬まで残したいもの。
臭いを確かめるものと、香草から離すもの。
リナは横で小さな札を並べた。
「これは早く食べる?」
「うん、こっちは奥にしない」
「これは?」
「乾いてるけど、匂いを見るから入口に近い方」
カインが頭をかく。
「行けねえの、なんか悔しいな」
「うん」
アルノも同じだった。
けれど、行かないことにも仕事はある。
ダレスが言っていた。
灯守は、行ってはいけない場所を決めるのも仕事だと。
なら、残る者は残る場所を守る。
リナは札を持ったまま、入口の方を見た。
「ガルドさん、帰ってくる?」
「帰ってくる」
アルノはすぐに答えた。
「ほんと?」
「帰るために行ったから」
リナは少し黙ったあと、うなずいた。
その返事は、リナのためでもあり、アルノ自身のためでもあった。
フィアナが古い帳面から顔を上げた。
「北の橋には、昔も崩れの記録があります、橋だけでなく、橋の手前に水がたまるそうです」
「水が?」
「はい、凍牙猪は、冷えた泥を好むと書かれています」
アルノは棚の札から顔を上げた。
橋を壊すだけではない。
出る場所にも、理由があるのかもしれない。
「じゃあ、橋を直すだけじゃ足りない」
フィアナはうなずく。
「水の道も見なければなりません」
アルノは共同棚を見た。
家の壁際と同じだ。
湿りは、見えないところから寄ってくる。
カインは札を並べながら、何度も入口を見た。
「見るなって言われても気になる」
「僕も気になる」
「じゃあ言うなよ」
「でも手は止めない」
カインは少しむっとしたあと、壺を一つ持ち上げた。
「分かったよ、こっちは奥じゃないんだな」
「うん、匂いを見るから」
行けない悔しさを、手の動きに変える。それも、残る者の仕事だった。




