第81話 秋雨の棚
秋の雨は、春の雨より冷たかった。
朝、アルノが共同棚に手を入れると、奥の板がひやりとした。嫌な臭いはない。薬草も黒くなっていない。壺の布も湿りすぎてはいない。
けれど、指先に残る冷たさが気になった。
「また奥か?」
カインが灯りを持ってのぞき込む。
「うん、前よりはまし、でも残ってる」
「牙の木枠は?」
「少し効いてると思う、でも一つじゃ足りない」
共同棚は家の棚より大きい。持ち寄り前の干し茸、薬草、燻した肉、山羊乳の壺を一時的に置く場所でもある。ここが悪くなれば、一つの家だけでは済まない。
今年は、去年より物が多かった。
干し方を変えた薬草。風を通して置いた干し茸。すぐに壺へしまわず、熱を逃がしてから入れた山羊乳。少しずつ、村の手は増えていた。
それは良いことのはずだった。
けれど、物が増えれば置き場所がいる。置き場所が足りなければ詰める。詰めれば奥が見えなくなる。見えないところには湿りが残る。
良くなったからこそ、新しい困りごとが出ていた。
フィアナは帳面を開き、灯りの影を見た。
「灯りは奥まで届いています、でも、火が少し重く見えます」
「空気が動いてないのかもしれません」
アルノは棚の上段を指した。
「上は乾いてる、下と奥だけ冷たい、壺を詰めすぎたのかも」
カインが眉を寄せる。
「でも、置く場所が足りねえぞ」
「だから困ってる」
置かなければ冬に足りない。詰めすぎれば持たない。
その板挟みが、村の秋だった。
ガルドが来て、棚の奥を確かめる。しばらく黙ったあと、低く言った。
「今年は物が多い」
「多いのはいいことじゃないの?」
リナが聞く。
「いいことだ、だが、多いものを持たせる場所が足りん」
リナは共同棚を見た。
「じゃあ、増えたのに困るの?」
「増えたから困れるんだと思う」
アルノが言うと、リナは首をかしげた。
「難しい」
「うん、難しい」
去年なら、困るほど残せなかったかもしれない。今は残せるものが増えた。だから、それを守る方法が必要になった。
フィアナは小さく言った。
「蔵守りは、物を集めるだけでは足りないのですね」
「はい、置き方も、空気も、見る順番も必要です」
アルノは共同棚を見つめた。
冬はまだ来ていない。
でも、冬の重さはもう棚の奥に入り込んでいた。
ガルドは最後に、棚の前へ小さな木片を置いた。
「ここから奥は詰めすぎるな、という印にする」
「印だけで変わりますか?」
「忘れにくくはなる」
それもまた、少しだった。けれど、少しの印が一つあるだけで、次に壺を置く手が止まるかもしれない。アルノはその木片を見て、うなずいた。




