第80話 遠い蔵の灯
数日後、グランツへ送る包みが整った。
蔵守りの手順を書いた紙。
絵を添えた簡単な写し。
白き牙の削り粉を使った布の試し書き。
戻す火の台の形。
香草は入口、保存棚の前では使いすぎないという覚え。
そして、ラーデ村で見つけた湿りの道の記録。
どれも立派なものではない。
けれど、村で見て、触って、試したものだった。
フィアナは包みを紐で結びながら、少し緊張していた。
「これを見て、グランツの方々がどう思うかは分かりません」
「怒られる?」
リナが不安そうに聞く。
「怒られはしないと思います」
「思います?」
「たぶん」
アルノが言うと、フィアナは少し笑った。
「アルノさんの言い方が移りました」
カインが吹き出した。
「たぶんは大事だからな」
ダレスは包みの重さを確かめ、外套の内側に入れた。
エルクは横から荷紐を見て、黙って結び目を直した。
「緩いと、途中でほどける」
それだけ言って手を離す。
アルノが礼を言うと、エルクは少しだけ目をそらした。
「ローグなら、道に出す荷は帰る荷と同じくらい大事にしろって言ったと思う」
父の名が、雪のない道の上に短く残った。
ダレスは包みを抱え直す。
「グランツまでは俺が持つ、その先は灯院の便だ」
「お願いします」
フィアナが頭を下げる。
オルドは小さな木枠を一つ、包みとは別に差し出した。
「試作用だ、向こうで見せろ、牙は入ってねえ、形だけだ」
「ありがとうございます」
「礼はいい、変な使い方をされたら困る」
バルナ婆さんが笑った。
「心配なんだね」
「うるせえ」
いつものやり取りに、リナがくすくす笑った。
アルノは灯院の入口に立ち、ダレスが包みを持って歩き出すのを見送った。
道は村の外へ続いている。
その先にグランツがあり、さらに遠くにミレヴァールがある。水の多い国。ラーデ村とは違う蔵を持つ国。こちらにはない知恵を持ち、こちらの冬の火入れを必要としているかもしれない国。
村だけでは足りない。
でも、村で見つけたことが、遠くで役に立つかもしれない。
リナがアルノの袖を引いた。
「アルノ兄、どこか行っちゃう?」
アルノは少し驚いて、リナを見た。
「今は行かない」
「今は?」
「うん、まだ村でやることがある」
リナは不満そうに眉を寄せたが、少しだけ安心したように袖をつかむ手をゆるめた。
フィアナは灯院の小さな灯りを見上げた。
「遠い蔵にも、灯りが届くといいですね」
「届くと思います」
アルノは答えた。
「すぐじゃなくても、少しずつ」
灯りは小さかった。
けれど、村の中だけを照らしていた火が、今は遠い蔵の奥まで伸びようとしていた。
それはまだ、ほんの細い光だった。
でも、去年より少しだけ、人が死ににくくなる光だった。




