第79話 写しを作る夜
フィアナは夜遅くまで写しを作っていた。
灯皿の火は小さい。けれど、芯は整えられ、煙は少なかった。
アルノはその横で、昼に見直した蔵守りの紙を確認していた。
リナは眠そうにしながらも、絵の線をなぞっている。
「リナ、もう寝た方がいい」
「あと一つ」
「何を描いてるの?」
「火は大人って絵」
紙の端には、小さな子供が火から離れている絵があった。横に立つ大人は、なぜかガルドに似ている。
カインがのぞき込んで笑った。
「これ、俺の親父じゃねえか」
「強そうだから」
「まあ強いけどさ」
フィアナも筆を止めて、少し笑った。
その笑顔は、初めて来た時よりも柔らかかった。
だが、机の上の紙は多い。
蔵守りの手順。
白き牙の扱い。
戻す火。
香草の置き場所。
ミレヴァールの水蔵の写しに返すための、ベルクレイン側の記録。
全部を書くには時間がかかる。
「フィアナさん、大丈夫ですか?」
アルノが聞くと、フィアナは筆を置いた。
「大丈夫です、けれど、少し悔しいです」
「悔しい?」
「灯院には記録がたくさんあります、でも、必要な形で取り出せていませんでした、古い帳面の中で眠らせていました」
アルノは返事に迷った。
責めることではないと思った。
誰も、わざと忘れたわけではない。
忙しかった。意味が分からなかった。危ないからしまった。そうしているうちに、手順が祈りだけになった。
「今から出せばいいと思います」
アルノが言うと、フィアナは顔を上げた。
「今から」
「はい、全部は無理でも、必要なところから」
リナが大きくうなずいた。
「少しずつだよ」
カインも言った。
「アルノ、いつもそれだしな」
「悪い?」
「悪くねえよ」
フィアナは少しだけ目を伏せた。
「では、少しずつ写します」
夜の灯りの下で、紙の上に細い字が増えていく。
それは、誰かをすぐに救う強い魔法ではなかった。
けれど、遠くの蔵で誰かが棚を空けるきっかけにはなるかもしれない。
アルノは、その小さな灯りを見ていた。




