第78話 交換ではなく持ち寄り
村の大人たちは、ミレヴァールの写しを前にして黙っていた。
知らない国の記録を読むことは、少し不思議なことだった。
敵ではない。
けれど、身内でもない。
持ち寄りの荷の中に、向こうの壺や布が混ざることはある。こちらの炭や干し茸が、どこかへ運ばれることもある。
それでも、顔を合わせて助け合う相手ではなかった。
ガルドが口を開いた。
「これは、こちらが何か渡すのか」
フィアナはうなずいた。
「グランツ大灯院は、ベルクレインの冬前の蔵守りを写して返すつもりです、火入れ、棚の空け方、古い藁の扱い、灯りで奥を見る手順です」
「売るわけじゃないんだな」
「はい、灯院同士の記録の持ち寄りです」
持ち寄り。
その言葉なら、村人にも分かる。
余っているから渡すのではない。偉いから配るのでもない。足りないものを出し合い、冬を越すために分ける。
ミレナが静かに言った。
「うちの村だって、炭を出して粗塩をもらう、干し茸を出して針をもらう、そうしなきゃ回らない」
「記録も同じかもしれません」
フィアナは言った。
「こちらに余っている知恵ではありません、こちらにも必要なものです、でも、写しを分ければ、なくなりません」
アルノはその言葉に顔を上げた。
炭は分ければ減る。
塩も、針金も、油も減る。
けれど、記録は写せば残る。
もちろん紙も手間も必要だ。それでも、食べ物のようになくなるわけではない。
カインがぽつりと言った。
「じゃあ、いっぱい写せばいいんじゃねえの?」
フィアナは困ったように笑った。
「紙も人手も足りません」
「あ、そっか」
「でも、必要なところから写せます」
バルナ婆さんが腕を組んだ。
「なら、難しい祈りの言葉より、手順を先にしな、棚を空けろ、藁を出せ、火は大人が見ろ、そういうやつだ」
「はい」
フィアナは力強くうなずいた。
アルノは胸の奥が少し温かくなった。
これなら、遠くの村にも届くかもしれない。
偉い人の命令ではなく、勝ち負けでもなく、持ち寄りとして。
足りないものを、少しずつ出し合う。
それはラーデ村がずっとしてきたことだった。
ただ、その輪が少しだけ遠くへ広がるのだ。




