第8話 灯の弱る夜
夜。
吹雪だった。
外では風が唸り、壁が時々軋む。雪が窓へ当たるたび、ぱらぱらと細かい音がした。
リナは竈の前で膝を抱えている。
「今日は臭いね……」
獣脂灯の煙が部屋へこもっていた。火はついている。明るさもある。けれど、鼻の奥に脂の重い匂いが残る。
アルノは灯りへ近づいた。
芯が少し曲がっている。煤も多い。炎が大きく揺れるたび、黒い煙が細く上がった。
「……芯、長すぎるのか」
「しん?」
「火のとこ」
布の先を少しだけ整える。指先に脂が付いた。臭い。けれど、そのまま火へ戻すと炎が一度だけ揺れ、少し落ち着いた。
煙が減る。
臭いも、ほんの少し軽くなる。
「……あれ?」
リナが目を丸くした。
「今日は臭くない」
「少しだけな」
「でも違う!」
リナは嬉しそうだった。さっきまで鼻を押さえていた手を下ろし、火の近くへ少し寄る。
アルノは灯りを見る。
この国では、灯りはただの火じゃない。
長い夜。寒い冬。その中で、人の気持ちを支えるものだ。
リナは火を見つめながら、小さく欠伸をした。
「眠い?」
「ちょっと」
「寝ろ」
「アルノ兄も寝る?」
「もう少ししたら」
吹雪の夜だった。でも灯りの周りだけは、少し暖かかった。壁はまだ湿っているし、床も冷たい。それでも、火が落ち着くと部屋の中まで少し静かになった気がする。
リナはしばらく火を眺めた後、小さく呟いた。
「前より、落ち着く感じする」
「そうか?」
「うん。前より怖くない」
アルノは少しだけ黙る。
理由は違う。
でも、間違っている気はしなかった。
しばらくして、リナが眠そうに目を擦る。
「アルノ兄」
「ん?」
「前より、ちゃんと家に居る感じする」
「……なんだそれ」
「前は、ぼーっとしてた」
アルノは返事に困った。
でも、今は少し分かる。
前より、この家の事が気になっている。湿った壁も。臭う水も。煙のこもる灯りも。
放っておけなかった。
リナが寝息を立て始めても、アルノはしばらく灯りを見ていた。揺れ方が少し落ち着いている。
それだけなのに、部屋が少しだけ家らしくなった気がした。
外の吹雪はまだ強い。窓の隙間から冷気が入るたび、灯りがわずかに揺れる。
アルノは寝具をリナの肩へ少し引き上げた。
言葉にはしない。
けれど、こういう小さいことならできる。
リナは眠ったまま、少しだけ丸くなった。




