第7話 灯院街
レヴァン灯院は、アルノが思っていたよりずっと生活臭い場所だった。
大きな倉庫。荷運び小屋。灰色の外套を着た巡灯。湿った木箱。燻製肉の匂い。
祈りの場所というより、冬を越すための小さな町だった。
「思ったより普通だな」
「どんな場所想像してたんだ」
エルクが笑う。
中央には石造りの灯院がある。小さくはない。けれど一番大きいのは、その隣にある備蓄倉庫だった。
炭。木材。灰色がかった粗塩。干し肉。縄で縛られた薬草束。
冬を越すための物が積み上がっている。
粗塩は真っ白ではなかった。少し灰色で、粒も不揃いだ。湿気を吸っているのか、ところどころ固まりかけている。
「これ、塩か」
「そうだ」
「思ってたより汚いな」
そう言うと、近くの倉庫番が笑った。
「白い塩なんざ、王都の奥か、ルーメリアの貴族でもなきゃ見ねぇよ」
アルノは少し黙った。
この世界では、塩ひとつにも距離と技術が乗っているらしい。
「祈るだけじゃ冬は越せないからな」
エルクが当然みたいに言う。
倉庫番の男が声を張り上げた。
「その箱、湿る前に運べ! 下に置くな、加護が離れる!」
皆、慣れた動きで荷を運んでいた。湿った箱を板の上へ移す者。炭袋を積み直す者。荷札のような木片へ印を刻む者。
アルノは倉庫を見回す。
積み方。空気。匂い。
気になる事は多かった。
だが今はまだ口を出さない。この国の人間は、この国なりに冬を越してきたのだから。
入口近くでは、小さな子供が薪束を抱えていた。大人に渡す前に、何度も持ち直している。リナより少し年下だろうか。重そうなのに、誰も大げさには助けない。ただ、通りがかった女が薪の向きを直してやっていた。
それだけで、子供はまた歩き出す。
この国では、子供も冬の一部なのだと思った。
ふと、奥から薬草の匂いが流れてきた。バルナ婆さんの小屋より薄いが、似た匂いだった。
「薬草倉庫?」
「そう」
エルクが奥へ顎をしゃくる。
棚には乾燥草が並んでいる。だが色の悪い草もあった。黒ずんで、端が少し縮れている。
「……あれも見放されてるのか」
「少しな」
倉庫番が肩をすくめる。
「雪続きで加護が離れやすい」
アルノは草束を見つめた。
風。湿気。置き方。
少し変えるだけで、まだ良くなりそうだった。
「なんだ、その顔」
「……もったいないなって」
倉庫番は少し笑う。
「全部救えたら苦労しねぇよ。でもまあ、見放される前に気づけりゃ違うんだろうな」
その言葉は、妙に胸へ残った。
アルノは棚をもう一度見る。
見放される前に気づけるなら。
それはたぶん、少しだけ意味がある。
灯院の鐘が低く鳴った。荷運びの声が一瞬だけ止まり、すぐまた動き出す。
祈りの音であり、仕事の合図でもある。
レヴァン灯院は、そういう場所だった。




