第6話 レヴァンへ続く道
翌朝、空はまだ青くも白くもなりきっていなかった。
雪雲の下に、薄い灰色の明るさだけが滲んでいる。
アルノが戸を開けると、家の前にエルクが立っていた。肩には薬草籠。外套の肩には薄く雪が積もり、靴には雪避けの布が巻かれている。森へ入る人間の格好だった。
「ほんとに来るのか」
「行く」
アルノが答えると、エルクは少しだけ笑った。
「途中でへばるなよ」
戸口からリナが顔を出す。眠そうな顔。でも、その目だけははっきり不安そうだった。
「アルノ兄……ちゃんと帰ってきてね」
「夕方には戻る」
「絶対?」
「絶対」
リナは頷いたが、戸を閉めようとはしなかった。雪の中へ出ていく二人を、肩をすくめながら見送っている。
アルノは少しだけ振り返った。
「寒いから中入れ」
「アルノ兄が見えなくなったら入る」
「言うなぁ」
思わずそう返すと、リナは少しだけ笑った。
森道は踏み固められた雪で白く染まっていた。ぎゅ、ぎゅ、と靴が沈む。湿った風。遠くで軋む木の音。枝から落ちる雪。
ベルクレインの冬は静かだった。
「レヴァンって遠いのか」
「歩けば半日」
「十分遠いな……」
エルクは鼻を鳴らす。
「ベルクレインじゃ近い方だ」
アルノは黙って雪道を踏む。靴の中へ少しずつ冷気が入ってくる。鼻の奥が冷たい。息を吐くたび、白いものが顔の前でほどけていく。
それでもエルクは平然としていた。歩幅は大きいのに、雪へ足を取られない。道を選んでいるのだと、少ししてから分かった。
「慣れてるな」
「毎年だからな」
短い返事だった。
しばらく進むと、森の匂いが少し変わった。村の煙の匂いが遠のき、濡れた枝と凍った土の匂いだけになる。ラーデ村が背中の後ろで小さくなっていく気がした。
アルノは一度だけ振り返る。木々の間に、もう家は見えなかった。
「怖いか」
エルクが前を向いたまま言う。
「寒いだけだ」
「ならいい」
そう言って、エルクは少しだけ歩く速さを落とした。何も言わないが、歩幅を合わせてくれているのは分かった。
少し歩いた所で、エルクが足を止めた。倒木の雪を手で払い、腰を下ろす。
「休むか」
「まだ歩ける」
「最初に無理する奴は大体転ぶ」
そう言われると反論できない。アルノは隣へ座った。冷たさが尻から染みてきて、すぐに立ちたくなる。
エルクは水筒を投げて寄越した。
「飲め」
冷たい水だった。でも村の水より少しだけ澄んでいる気がした。
「森の水か」
「湧き水」
エルクは短く答える。
少し黙った後、ぽつりと続けた。
「ローグも、この辺好きだった」
アルノは顔を上げた。
だがエルクはそれ以上何も言わなかった。遠くを見るように、白い森の奥へ視線を向けている。
アルノは聞き返さなかった。
今聞いても、たぶんエルクは話さない。
ただ、湧き水の冷たさだけが、やけに長く口の中へ残った。
休憩を終えると、エルクは何事もなかったように立ち上がる。
「行くぞ。遅くなるとリナが怒る」
「……それは困るな」
「怒ると長いぞ」
エルクが少しだけ笑った。
その笑い方に、重たい話をそこで終わらせようとする気配があった。アルノも何も言わず、再び雪道へ足を出した。




