第5話 冬の準備
ラーデ村は、静かに冬へ向かっていた。
共同燻製小屋では肉が吊られ、炭焼き小屋から煙が上がっている。村道の端には薪束が積まれ、家々の軒下には干し草が吊るされていた。
誰かが大声で騒ぐわけではない。
けれど、村全体が少しずつ早足になっている。
冬が来るからだ。
「今年は雪が重そうだな」
ガルドが空を見上げる。
雲は低い。灰色で、押し潰されそうな色をしていた。
カインも同じように空を見る。
「去年より早い気がする」
「お前は毎年そう言ってる」
「そうだっけ」
「言ってる」
ガルドは短く返す。カインは気にせず笑った。
アルノは共同倉庫を見た。
炭。薪。干し肉。毛皮。灰色がかった粗塩の袋。
全部、冬を越すための物だ。
この村だけで全てを賄えるわけではない。足りない物はレヴァンから回ってくる。けれど、こちらから持ち寄る物が無ければ、受け取れる物も少なくなる。
それを皆、当たり前のように知っている。
「アルノ兄!」
リナが小さな縄束を抱えて走ってきた。
勢いよく転びそうになり、アルノが慌てて腕を掴む。
「危な……」
「へへ」
笑って誤魔化すリナの髪には、干し草が付いていた。
「これ、どこ置けばいい?」
「ミレナさんのところ?」
「うん、干し草を結ぶのに使うって」
アルノは縄束を見る。少し湿っていた。外を運ばれてきたせいだろう。
「火の近くに置きすぎるなよ、でも床にも置かない方がいい」
「難しい」
「難しいな」
リナは少し考え、木箱の上に縄束を置いた。床から離れ、火からも遠い場所だった。
「これで加護寄る?」
アルノは少し黙った。
その言い方にはまだ慣れない。けれど、リナにとっては自然な言葉なのだ。
「……離れにくくはなると思う」
「じゃあ、ここ」
リナは満足そうに頷いた。
劇的に何かが変わったわけではない。
でも、縄が床から離れた。薪の下に板を入れた家がある。干し草を軒の奥へ寄せすぎない家もある。
小さい。
本当に小さい。
それでも、村はそういう小さい手を集めて冬へ向かっている。
ミレナが通りかかり、リナの髪から干し草を取った。
「また走ったね」
「急いでたの」
「冬前に転んで怪我したら、そっちの方が手間だよ」
リナは口を尖らせる。
ミレナは笑いながら、アルノの方を見た。
「アルノも無理しすぎないこと、あんたが倒れたら、この子がまた寝ないで看るんだから」
リナが少しだけ目を逸らした。
アルノは何も言えなかった。
冬の準備は、物を積むだけじゃない。誰かが倒れないようにすることも、その一つなのだと思った。
夕方、村のあちこちで灯りがともった。
煙は細く、空は低い。
冬を迎えるための手は、家の中だけでは足りない。村全体が少しずつ動かなければ、どこか一つが先に弱る。
アルノは共同倉庫の前で、そのことを初めてちゃんと見た気がした。




