第4話 灯の匂い
バルナ婆さんの小屋は、外から見るより暖かかった。
壁際には薬草棚。天井から吊られた草束。中央には小さな炉。火は大きくないのに、部屋の空気は柔らかい。
煙と薬草の匂いが混ざっている。
良い匂いかと聞かれると困る。でも、不思議と落ち着く匂いだった。
「座んな」
婆さんが木椅子を足で押す。
エルクは濡れた外套を外し、薪を足した。火がぱちりと鳴る。細い煙が天井へ昇っていく。
「レヴァン灯院は、生きるための場所だ」
エルクがぽつりと言った。
「灯院?」
「記録したり、持ち寄りをまとめたりな」
「祈るだけじゃないんだ」
「祈るだけで冬越せたら楽だろうな」
エルクが少し笑う。
婆さんも鼻を鳴らした。
「結局、積んで、乾かして、残さなきゃ人は死ぬんだよ」
言い方は荒いが、声は静かだった。
アルノは炉を見る。
火は小さい。けれど、小屋の中に居る全員がその火の場所を自然に意識している。足先を向ける。濡れた袖を近づける。薬草を火から遠ざける。
この国では、灯りはただ明るいだけのものではないのだろう。
「レヴァンは近いのか」
「歩けば半日」
「半日……」
「ベルクレインじゃ近い方だ」
エルクは当たり前のように言った。
村の外に半日歩いた場所があり、そこからさらに王都グランツへ荷が運ばれていく。アルノにはまだ、その距離感が掴めない。
外から足音がした。
「アルノ兄!」
リナが小屋へ入ってきた。頬を赤くし、手には小さな布袋を抱えている。
「ミレナさんが、あとで寄りなさいって」
「なんで」
「知らない。たぶん食べ物」
リナの声が少しだけ明るい。
バルナ婆さんが笑う。
「ミレナは放っておけないからね」
セラが亡くなり、ローグも戻らず、アルノ家は村に支えられている。
その事実は、温かくもあり、少し苦しくもあった。
「リナ、寒かったろ」
エルクが小さな椀へ湯を注いで差し出す。
「ありがと、エルク兄」
リナは両手で受け取った。
エルクは何も言わない。ただ炉の火を見ている。
その沈黙が、妙に優しかった。
リナは湯を少しずつ飲みながら、炉の火を見ていた。
「灯院って、あったかいの?」
「場所による」
エルクが答える。
「でもレヴァンは火を絶やさない。旅人も荷運びも、あそこで息をつく」
「じゃあ、村よりすごいね」
「すごいというか、必要なんだよ」
必要。
その言葉が、アルノには引っかかった。
この国では、立派だから残っているのではない。必要だから残っている。灯院も、倉庫も、道も、火も。
冬がすべてを選んでいるようだった。
バルナ婆さんは薬草をかき混ぜながら言った。
「灯院はね、誰かが生きたことを忘れない場所でもある」
「忘れない?」
「生まれた子、死んだ者、越えた冬。そういうのを残すんだよ」
ローグの名も、どこかに残っているのだろうか。
アルノは炉の火から目を離せなかった。




